見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

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月読命
誰しも幕開けのときがある
時の変わり目、人の生きる道の分岐点
その時々は意識せずとも、望むとも望まなくともやってくる
機が熟したのならば。

人は往々にしてその時に驚き
展開に困惑し、喜んだり、嘆いたりと様々じゃ

一つ言えることは、その時であると知っているのと知らずとでは
結果が少しばかり変わるということだけ。

意識してその時と対峙すれば、その時の意思を汲める
時が己に何を与え、何を期待し、何をもたらすか
認知すれば必ずとその時と向き合える

流されるのではなく、向き合えることの意味の大きさを知るがよい

時は来たれり

さまよう者もまた己の道へと帰らざるを得ず
己の道を直視しなければなるまい

その道はこれまでの自身が積み重ね、築き上げてきたもの
そのものだ

結果である道を直視しても尚ひるまず挑むのであるなら
多かれ少なかれ助けの手があるはずじゃな

月読命
人の心は常に移ろう
決心してもなお、時や他者の振る舞いに流され、心を翻し
かと思えばかような己の心を咎めもする
一定でないからこそ、起こること

一定である必要があるのか
否、人ならばそれは無理だろう
人だからこそ多くの多くの感情を持ち、生きられる

だが感情だけではない
己の中に信念を持つならば不動の強さとなる
決心は心の奥深くに根を張りゆるぐことはない


人の子よ、決心とは心で決めるのか
その時々の己の感情で決めていることなのか

それとも、深く心の中に育てた信念から生まれた決断なのか…

己の決めたことを最後までやり遂げることのできる者は
その違いを知っているのだ

信念が根を張り、決心となるまで力を蓄えることを惜しまぬ
惜しまぬ心、常に根を張り続ける長い長い思いこそが
それら信念を育てる

それが翻らない決心というものじゃ

月読命
月に在れ、日に在れ
人の生きる鼓動の中にこそ
この世界の真実はある

正しいか、正しくないかと考え始める途端に色を失い
味気のないものとなる

たとえ、人同士の和の中に在れないような生き方であれ
それはその者自身の確かな真実の生き方となる

何を選択しようと自由であるというのは
答えがないということだ
答えがなくば、白黒つける必要もない

他人のものさしで自身の生き様を決め、悩むことはない
逆に自身のものさしを身近な者…
子や伴侶に当てはめようとするもまた違うことなのだ

一人ひとりの力は、それぞれが自らを肯定し
認めてからはじまる

自らの力は自ら肯定的に認識しているときのみ
発揮できるようになるものだ

よいではないか…今の自身も…
そうおもっている間に
本来以上のことを為す余力もまた隠れているやもしれぬぞ

月読命
誰でも心の内に、神の一部を持つ
その御魂は人を生かし、その生で大切なことを見失わないよう
時として灯台の明かりのような役目を持つ

罪人であれ、子供であれ、
誰にでも等しく宿るその一部は
人が本来、何者であったかを時として教えるだろう

自分自身がその一部とともに在り
その一部と生きているということ
即ち、己自身を大切に扱うことに他ならぬ

人が人である以上、
摩擦も、悲しみも、死も
やがて直面する

だが一人ひとりの価値をもっと認めることによってのみ
人は人同士の価値を認め合える
自身を認められれば必ず他者も認めることができよう

このことを今一度申し伝える

この者とは長く在ったが、役目は果たし切った

月読命
人の心は揺れに揺れ、やがて落ち着くところまで
自らを誘う

迷い、戸惑い、揺れているとき
揺れて揺れて、正しい方向を目指す

光を目指す本質が正しい道を知らぬ間に教えてゆく
心の中にある光は、大きな光と引き合うところまで導く

だが心の中の光すら消えそうなときに、己を見失ったら
引き合うことも叶わず道に迷うだろう

暗闇の中に在るときこそ他に目をくれず
ひたすらに己を立たせ、己を見直し、己を磨き直す
このことだけに心を向けるが良い

自身の回復とともに光も現れ
意識ではなくとも正しい方向に足を向けることができる

光は神々との証
魂の一部であり、人の持つ本質でもあれば
光のあることを忘れずにいれば
我々もまた見失うことはない

人の子らよ、覚えておくのだ
一部が、我らの一部が自身にもあることを…

それはいつしか己自身を敬う心となり
他の人を敬う心となる
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