見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ヤマトタケルノミコト
人の人生には当然、転機もある

人の心ひとつで良いも悪いも感じるものだ
だがその転機は必ず人の生きる道に
大きな力を与え、適切な方向へと導く

良し悪しを決めるのは人の心と申した通り
実際に訪れる転機には両方の側面が必ずある

なぜ、起こったのか…と考えずともよい
それはなるべくしてなったものよ

人がなぜ生まれ、なぜ死ぬのかと等しい問いぞ
その問いは生きているぬしらにとり、何の意味があろう

生まれるも、生きる道の中で新しい機会を得るも
その人生を終えようと、ただひとつ…

その真実残るはただひとつ、生きることをした経験のみとなる

転機を生かせ
その転機には必ず大きな学びがあり
今後生きるための糧があるもの…

ヤマトタケルノミコト
日は生まれ、その日に沈む…

その繰り返しの中に人は生を感じる
日の動きの中に、己がひとつの生くるものとして
その命を感じることができる

日夜が逆転するより、日とともに在れその繰り返しの中、
歩調を合わせることで命が蘇り
命がこの生を繰り返すことを知る

朝の光の中で、それに気づくだろう

己が生あるものと知り、生きている実感
己自身の手で、手に入るならばそれをよしとするものだ
他の何にも頼らずに己が生きていることを知る

無駄な殺生、無駄な行い、浪費
人は様々を通して生きる実感を得ようとする
そこにあるのは、破壊とむなしさばかりよ…

生きている実感は自然と呼吸を合わせることで生まれてくる

皆が大いなるひとつの命であると感じるに
これほど豊かなものもなかろう

明るいときに活動し、夜は休む
この繰り返しの中にこそ
人の生の秘密がそっくりと縮図のようにあるではないか…

おもしろいものだ…実に

さてさて、ひとときの余裕があれば
そこから何が得られ、考えられるのか
それを試してみればよい

ヤマトタケルノミコト
いつしか人の心の内に生まれる喜び…

それは自身のものでなくば、泡のように消えてしまう
人から与えられる喜びは
その中でさらにさらにと、人は願ってしまうものなのだ

だが、その本心は飢えている
飢えているからこそ、人にもっと、と願う

もしその喜びが自身に根ざした己のものであり
自身が己の力で生きる中で自ら勝ち得た喜びとするなら
飢えることなく、減ることも、他と比較することもない
絶対的な喜びそのもので在り続ける

真に強い者はそれを己の力で手に入れられる
そして、その喜びを知るものだ

相対しての喜びなど、あって何になるというのか…
人には人だけの喜びの形があって良いというに。

ならばその喜びを大切に育ててゆけ…

一生は思うよりも短い

そのうちのどれだけの時を
喜びと在ったか
苦しみと在ったか
嘆きと在ったか

人の心次第ではないか…

ヤマトタケルノミコト
一歩、踏み出せば見えるものも変わる
一歩、踏み出せば考えも変わる

また一歩、また一歩とその繰り返しが
いつしか大きな力となり己を変える

大きく変えようと思うな…
人の心には大きな負荷を知らずと受け入れるのを
やめることがある

己を守るために、いつしか不可能であるという判断をする

だが、一歩ならできるだろう

一歩、一歩とつづけてゆくうちに世界は変わる
そうやって着実に己を研ぎ澄ますうち
変えてきた事柄が自身への信頼を培い
力となる。

心を決めたら取り掛かるものは
まずほんの一歩でよいのだ…

ヤマトタケルノミコト
あくる日も、あくる日もまた昨日の続きなどではない
日が落ちると共に死
あくるとともに生まれ
人の魂はその都度生まれ変わるといっても良い

毎日が新しい日であり、毎日こそが1つの人生の縮図とするならば
その日一日の貴重さがとくと理解できるであろう

人の心は過去に赴きやすい…
すでに起こったことを反復し、
そこから抜け出られなくなる

先を見据えることのできる者は、自身の中に確固たる
先々の希望や展望を見えているからこそだ

今の世に必要なのは想像力よ
この先の己を想像し、無限の可能性を意思として形成してゆくのじゃ…
心が枯れてしまっては想像力も働かぬ

まして、毎日を繰り返しとして生きるなら
なおさらじゃ…

想像し、この先に何があるのかと考える
地に足のついた想像の延長が意思となり
いずれ取捨選択を積み重ねながら現実となってゆく

想像力を己の内に留め、
使いこなせば良いと申す
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