見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

邇邇芸命
はっはっは


希望なくして人は生きられぬだろう

希望とは誰かに与えられるものなのか、否
自分の力で見つけるものじゃ…

自分の力を信じ、自分で為すことを的確に見定め
その中で道筋が見えてきたとき
そこに希望は生まれる

現実に即さない想像の産物を希望としてはならない
ときに現実をその目でみることすら辛いとき
想像力を働かせ、現実での道を模索することもあろう
しかし、いつかは現実に戻るものだぞ
人は現世の子、それが大前提じゃ

その世界には善いものも、悪しきものも多くあれど
その全てがこの世界じゃ

受け入れればわかるのだ
傷を負うことだけではなく
現世の善なる部分も見えてくる

ただし、そのとき、己の目は想像の世界ではなく
現実へと向いてなければならぬだろう
大いなる魂と直結し、生きるものほど生きることは辛く、尊い

だが同様に救いはあるものだ…

はっはっは

Comment

 秘密にする

『受け入れればわかるのだ
傷を負うことだけではなく
現世の善なる部分も見えてくる』
『大いなる魂と直結し、生きるものほど生きることは辛く、尊い

だが同様に救いはあるものだ…』

ここがとても響きました。
以前、自分が触れるべき世界がいばらだらけだ、と感じ、その痛みを拒否していこうとしていました。
けれど受け入れなくてはいけないと理解し、見据えられるようになりました。
すると一瞬の中に見える救いが、見えてきて、この一、二年この救いの美しさを手にできることにようやっと感謝ができるようになりました。

本当に自分では産み出せない周囲の救いがあるものだなあ、と感じております。
ほり | URL | 2016/12/24/Sat 23:38[EDIT]
>ほりさん
わたしも同じようなことを思い、はっとしたことがあります。
痛みを自分のものにしていく強さに気がついたのは
こともあろうに、漫画のNARUTOを読んでいるときでした…
紫音 | URL | 2016/12/25/Sun 14:22[EDIT]
Track Back
TB*URL

Copyright © 紫音のスローペースなチャネリングで。. all rights reserved.