見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

火遠理命(山幸彦)
はっはっは…

人の諍いを見るとき思うのだ

人の世界だけでなく我らの世界も同様よ
意見の合わぬ者、気の合わぬ者、離反してゆく者
様々あって人の世界も同じくじゃ

どこの世界にあっても、互いが違う者である以上起こりうることよ
それは数多の世界、数多の存在も同じく。

個として生き、我がある以上、在って当然と言える
人が違うのは、個としてしか生きることを知らぬ者が大半。
と、なれば人との摩擦は個 対 個として残り
恨みつらみを持ち続ける者もあれば、愛を必要以上に引きずることもあろう

個の中から考えや感情が出れないのだ。

もしもそこから出、全体を感じ、他の者と上手にやってゆける者であれば
考えも感情もまた「在るもの」として処理され
その者の歩みを留めることはない

在って良い
だが歩みを止めていないか、じゃな

その壁を超えるに、人は長いことかけて
人間というもの、心というものを見つめてきた

そう、見つめようと思った者は“知っていた”のだな
全体としての意識の中に個があり、どこかに全体へとつながる扉があることをな。

人の進化を進めるために、ときにこうした者も降りる
それが正しいものかまがい物か、見極めねばならないがな

はっはっは

Comment

 秘密にする

最近悩んでいたテーマでした。

自分、相手、また違う相手という個ばかり見るのではなく、
全体を感じてそれぞれの個を見つめるのですね。
そうすれば自分という個に固執することもなくなり、相手もクリアな状態で見えてくるのですね。

数日前、他の人にも、
お釈迦様の視点から人を見るのよ、と言われたことを思い出しました。
そのとおりだったのですね。

ありがとうございます。そうしていこうと思います。
ほり | URL | 2016/09/18/Sun 19:34[EDIT]
全体から一部を見るっていうのもまたむずかしいですよね〜
それでもやらなければ進めないのだろうと思うこともあります
お互いに頑張りましょう
紫音 | URL | 2016/09/18/Sun 22:39[EDIT]
新たにふと思い付きました。

いつも家族と馬が合わずにおりました。わたしは自分のテリトリーに入ってこられるのが辛い性格なので、入ってきそうなものならビクビクと守りの姿勢でおりました。それが自分を守ることだと思うけれど、相手も辛いものになるのだろうなあと思っておりました。

しかし、相手自身、自分自身を同じ位置に並べておき、そこを調和の形になるようじっと見つめるのではないか、と思いました。
そのために自分がクリアに、冷静さを失わずにいることが必要です。
ですから、毎日リセットし、次の日はまっさらな状態で見つめられるようにする。

自分だけに執着せず、全体を見つめるとはそういうことなのかしら、と思いました。

本当にわずかずつしか進まない、むずかしいことですね。でもとても大切なことですね。
ほり | URL | 2016/10/21/Fri 23:23[EDIT]
問題を抱えているという現実を自分で作り続けないように
いったん、その感情から離れて
観察してみるんですよ
人を個として観察してみてください
自分自身も含めてですね
紫音 | URL | 2016/10/23/Sun 23:03[EDIT]
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