見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ニニギノミコト
幼なき者は、我(われ)を知らず、我(が)も持たず
ただ自然に生きる

縁に触れ、その者の生きように
ふと、人本来の姿を見つけ、心静まるのだろう

安らぎはなあ
神々や自然と一体となり、疑いを持たず
そのままに生きる姿に安心をするからだ

こうして誰しも生きていたのだと。

人として生き抜く以上そのままでは在れぬが
幼い日々を懐かしく思うは
誰にとっても安らかなことじゃろう

はっはっは…

苦難の時、困難に直面しているとき
どうしても生きられぬと思うほどに路を見失ったとき
そのころの気持をふと、思うがよいのじゃ…

神々の手の内の子と呼ばれる時は
誰にでもあった。
成長し、忘れただけぞ

その昔日の気持を思い出すことで
自ら以外の者に生かされていた感覚を思います
その感覚を忘れぬようにな…

ときにその思いの中で自ら以外の誰かとしか言えぬ者から
助けをもらうこともあろう

それは心を開き、声なき声を受け入れる準備ができているからだな

霊的会話、霊的訓練…
そのような頭でっかちな理論は必要か?

誰しも幼き日々は見えぬものを感じ
見えぬ者と共にあた

それを忘れ、見ようとしなくなっただけじゃ

力を得るのではなく
昔日の己の心境を思い出すことで済むことぞ

はっはっは…

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