見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ニニギノミコト
人はのう、自身の心のどこかで思っていることを否定してまで
そうし続ようとすることがある。

真の声を遮ってまで行われねばならぬのは
妄執、己の欲望、見栄、感情に深く囚われた者ばかりじゃ

まこと必要なものは、この世においてあるか?
足るを知るとは有名ぞ
それでもまだ渇望しているのは何ゆえじゃ?

全ての欲からなる感情に囚われず
必要なことだけを見定めてみよ
どうじゃ?
まこと最低限以下であろう

本当に必要なものとは、そのものにとって
すでにあるものばかりじゃ

見栄もなにも囚われることはない
ありのまま、ありのままよ
苦しみを苦しみ足り得ているは
欲からなるものばかりよの

真実でないものに囚われ、苦しむのであるなら、
それはこの現世のからくりから逃げ出せてはおらぬということじゃ

深く深く己の声に耳を傾ければ
質素、最も質素な生き方とは物ではなく心のことであり
質素であるがゆえに、溢れる慈愛を感じることができるものだ

慈愛は自身や他者へと向かう
互いに循環し、思い合い、社会や自然に戻り
また己へと還ってくる

自身の心に蓋などいらぬ
頭で考えた結論などいらぬのだ
心を広げて、慈愛を感じてみるのだ
それは神々からも、この世界からも、常に休むことなく
人に与えられ続けたものと同一じゃ
人が持たぬはずはない。

持つからこそ、与えられて広がり
循環することができるのだぞ

広い意味において、人は自然の一部であり
神もまた等しくそうであると申すのは理屈ではないぞ

慈愛を循環させて生きている間
大きく広く魂があることに気づくだろう
そこには不確かなものなどない
あるのは、己という一部の存在よ

我らは申すことも申さぬこともある
それを聞こうとせずに
人が自ら感じ取ってほしいと願うからだ

そうやって、人の力を磨き再び手にすればなんのことはない
人一人とこの世界の大きさは、同一であると分かるだろう

言うては難しくはあろう
だが、いつか人はそこまで知ることができるぞ

はっはは…

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