見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

天之御中主神
ほっほっほ。

人はの、なかなか自らの姿には気づけぬものぞ
我こそが正しいと思うておる姿は、
果たして、真実、正しき姿なのか…

正しい、正しくないと2つに分けられるものでもないが
人は弱さゆえ、己が持ちうる弱さや
克服しなければならぬ点を見てみぬふりしてしまうものじゃな

この抑圧は他者への批判であり、
他者への裏切られ感として受け止められる。

本当の意味で他者が己を裏切ったことがあったのか?
つきつめて考えてみると、そこには双方が関係しているのではなく
己自身の中にあった問題ということが分かるものだ

他者への期待
期待通りにはしてくれぬと、裏切られた思いを持つに至るものぞ

真実はいかなるものであったのか
しがらみのない、曇らぬ眼で問題を再認識するとき
いろいろな問いは解けるものだ

人は天に願い(の結果)を乞うだろう
だが、その願いすら人にはそもそも己で乗り越えられる力を持つものぞ
それにそっと手をかけ、
容易に進むようにしてやることもあるだろう

人が正しい眼で事象を眺め
問いの本質を見いだすようになれば
願いを乞わずとも
人は人で困難を乗り切るものよの

そのような時はいつか来る
いつかと申しても、そうそう遠すぎる先でもなかろうの…

自分という存在を正しく見るは
真に重要な段階にあるものじゃ…

本来の己とは何であったのか?
人とは?
魂とは?
何であったのかじゃ…

答えを個々が持てるようになったとき、世に浸透した精神世界の理も流行も
不要となるだろう…ほっほっほ

特別なものでなく、一人ひとりが解を持つのは
ごく自然ななりゆきであり、
そもそも人はそうできる存在だったのだとの…

ほっほっほ。

Comment

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す~っと
紫音さん、いつも読ませていただくたび、
言葉がす~っとはいって来るようです。
とりわけ、天之御中主神さまのときは、
今のこの世の空気を、自分も吸い込んでいるんだなあ、と知るみたいに
ああ、今このことを言われているのだ、と思い当たることがあって
ありがたく、読ませていただいています


>人が正しい眼で事象を眺め
>問いの本質を見いだすようになれば
>願いを乞わずとも
>人は人で困難を乗り切るものよの

本当に、そうですね。
困難を自分の外に見ている限り、答えはどこにも見つからなくて、
自分の心を映している世
ひとりひとり、ちゃんと解を持っていることに
気づくともう、困難は困難でなかったことになってました。
ごろにゃん | URL | 2013/01/20/Sun 17:33[EDIT]
わざわざご丁寧にありがとうございます。
時折、難しそうな言葉なので全部飛ばしてるという方もいて
残念に思ってました。笑

今回のメッセージを書きおこしているときに思い出したのですが
風とともに去りぬでも似たような一節があったんですよね
他人はいつか裏切るか去るか先に死ぬかする
だから、自分で自分を支えるんだ、という感じだったかもしれません。
強い人を強くしたのは、その気付きだったんでしょうね。
紫音 | URL | 2013/01/20/Sun 23:55[EDIT]
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