見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

コノハナサクヤヒメ
ほーっほほほ

如何様にな、人の生き道が分かれんとも人の縁は
たやすくは切れぬものよ

人のいざこざ、人の結縁、あちらこちらであぶくのように現れ、消え
ゆくゆくはそののちの時代へと残す

深い縁があってこそできる学びもあろうぞ
そうまでして得たかったものもあれば
あるいは人の錯覚もあろうなあ
真の意味での学びの縁なるものならば
人の存在そのものの深さや理解が残り、
人が生きたる上での錯覚になる縁ならば
如何様な事情があれど、心や魂に残ることはなかろうぞ

そこから考えよ、考えて、自分で得たと知ったとき
縁は転ぶ
切れるか、繋がるか、いずれかの結果へと転ぶものじゃ…

人の理解を得て生じる縁の正体は何であったのか?

良い思いも、悪しき思いも、それぞれが発しておるうちには
道が拓かれ、双方は無意識で交流を図るものぞ
真に意識から消え去ったとき
人は自身の心が生んでいた幻の姿を知ることにもなろうなあ

人の心が産む幻とはな、
そのものの心の映し絵であるものぞ
他者が、他者がと言うたところでその幻影は
そのもの自身の心のうちより
元よりあった部分を拡大したものに過ぎぬのだ

幻影は孤独の時、一層膨れ上がり
仕舞にはその者自身を喰う
しかるに幻影の正体を知ることよの…

常に自身の心に注視しておれば
そのおかしさに気付き、改善することもできよう
幻が己を喰う前に、現実と幻の境目を自身の中ではっきりさせておかねば
人はたやすく惑わされるが、この世界に足を踏み入れる者の則…
自身の目で見た者のことを忘れることなかれ
身を持って、この世界に関わることの困難さを教えた者よ
悪しき思いは、その者の心を焼き
体を焼いてしまうものぞ…

Comment

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この縁は幻?
紫苑さん。
コノハナサクヤヒメさんの言葉を読み、お尋ねしたいのです。

人の縁はたやすくはきれぬ、とありました。
私は、この縁あってこそ深い学びをしていると思う縁を思うのですが
同じ縁の相手方は、それを「人の錯覚」と決めて断とう断とうとするようなのです。
自分のおかしさに気づき、改善してきたこともありますが
いまだマイナスの形でのつながりはあるものの、プラスに転じたりはありません。

そのつながりもそろそろ臨界点を迎えて、
切れるかつながるかの判断に、外的な力が加わりそうに感じます

人の縁のつながりは、自分が深い縁浅い縁と決めるものでなく
縁の転がり行く先が、答えであって、
転がる先に気付かせてもらえ、なり行く先を見て知れ、
ということを、コノハナサクヤヒメは仰っているのでしょうか。
自分が「深い縁」と思って、大切に扱ってきたものが、結果につながらず
なぜなのだろうか、と手詰まりになってお尋ねしたくなりました。
ごろにゃん | URL | 2012/07/08/Sun 01:02[EDIT]
結果がでなかったのは それだけの縁だったって
ことかもしれませんかね

「大切に想って」も
「思い込み」「思い違い」や「思い上がり」だったり
することなんてよくあるかもしれませんよ

大切なんてない

すべては相対化される

人の必死さ、一喜一憂を

神様はただ蟻の地を這うさまを見るように眺めるだけ
RJ | URL | 2012/07/08/Sun 02:47[EDIT]
このはなさくやひめさんの記事には関係ないかと
思いますが、人は亡くなると人の心底を知る事が
出来るのでしょうか?
その他にも黙っていた嘘もあからさまになるので
しょうか?
生きている世界で建前と本音が違う事ってよくありますし
亡くなった方は全てお見通しになるのでしょうか?
教えて下さいm(_ _)m
ギンガムチェック | URL | 2012/07/08/Sun 09:54[EDIT]

RJさん ありがとうございます

結果っていつのことなのだろうなあ、と思うのです
今日の願いが明日までに、ということでもないし、
焦れて途上で断てば、「果を結ぶ前に、自ら落とす」ことですし。
あの世に帰るまでわからないのか。どうなのでしょう?

日々の現象(幻)の中で「自身の目で見たものを忘れない」。
これが悪しき思いであれば「我が身が焼かれる」。
それによって、わが身の思いの質を知るのでしょうか。

RJさんのおっしゃる通り、
自分では「思い上がり、思い違いに気づけない」ですね。
焼かれるものなら、焼かれて知りたい。
ここに至るまで焼かれることもなく、いつも守られてまいりました。
しかし、ことが動くわけでもありませんでした。

今度こそ、ことが動くのか、それともついに自分が焼かれるのか。
焼かれて気づくものなら、わが身に隠れた悪しき思いに気づきたいです。
先も見えぬ中我が身にできること、ただ手応えもなくやり続け
なるようになる、と思いながらの長い長い「結果待ち」の末
コノハナサクヤヒメさんの言葉に会いました。

この縁の行く末の如何にかかわらず、
ここに至る道程は、私に多くの学びをくれましたので、感謝しております。
縁が幻であったとしても、私の経験は実の肥やしとなるでしょう。
「人事を尽くして天命を待つ」といいますから、
もはや人事を尽くしたと思う今、転び行く先を受け取るのみですね。



ごろにゃん | URL | 2012/07/08/Sun 11:31[EDIT]
ごろにゃんさんが求めてるのは、解説ではなく
鑑定結果としてしか返事できない内容ですので
ここでは控えさせていただきますね。

>ギンガムチェックさん
それ、おば天コーナーで聞いてみましょう
全10回のつもりでしたが、おまけで。笑
私も面白い質問だな〜と思いました。
紫音 | URL | 2012/07/08/Sun 12:05[EDIT]
紫音さん

お名前の変換が違っておりました。失礼いたしました。

コノハナサクヤヒメのおっしゃるように、惑うのが人の世で
神の計らいを知り得ぬ自分は、出る結果に教えていただくしかあるまい、と落ち着きました。
「鑑定の領域の質問」とのご指摘、気安く問うてしまい、すみませんでした。
ごろにゃん | URL | 2012/07/08/Sun 21:37[EDIT]
あ〜、名前の変換ミスはよくあることなので
お気になさらずに。笑
紫音 | URL | 2012/07/08/Sun 23:49[EDIT]
ごろにゃんさん

どういたしまして
お役にたてるよなコメントじゃなくてごめんなさいね

ごろにゃんさんの 経験されてるつらさや焦りは、
自分は霊能者さんでは ないので

言葉の全体や端々から推し量るくらいしかできず
申し訳ありませんが、

ときに、今いる自分の背中をつきとばして
もうひとりの自分で、今のご自身をながめると
なにか楽になれるきっかけが見えてくるかもしれませんね

まあ紫音さんが お返事をくださるかも知れませんね

見えない人が使う 「推し測り」の杖は、
ときにこの世とあの世の「くぼみ」や「深い落差」やらに
気づけないことばかりでしょうから 
RJ | URL | 2012/07/13/Fri 01:20[EDIT]
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