見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

大国主命
よいよい…

しかるに人の生き道は困難というものを規定するは
ひとえにその者の心ということが理解できたであろう…

人から見ればあからさまに偽りと見える事象であれ
そのものの心の中では、事実となっておる故のことよ
そうもあれば、世の中や己自身を正しい目で見、
正しく評価することへの難しさは、心にしみいるものなり
常日頃、自身の心の動きに目がゆくも必然の流れよの

大抵の者は己自身の立場、そして傷つく心を守らんがために
無意識に、あるいは意識的に
事実をねじ曲げて、それを正しくあるがままの現実として位置づけようとするが
それによって、果たして現実が変化したかというと
そうでもなかろう。
都合よく、世の中を見たとて、現実は変わらぬ
いかなる物で、世の中を眺めようと
自分自身の周囲の変化が追いつかぬ限りは一向に変わらぬものであるのだ

そこから一歩、本当の現実は何であったのか
知る機会もあろう

惑いを捨てて、新たに現実と向き合うをよしとするか
迷いの世界の中で己自身を
たゆたうように泳がせているだけであるのか
そこが分かれ道であろう

正しく現実が見れたときに、自身の中で現実を変える機会はある
それまでにもあったにもかかわらず
気がつかなかったものだ
正しく言えば、ようやっと向き合える状態になったときに
現実を正しく知れるということよの

そこからがまず一歩だろうの…かのものにとっても
新しい出直しが迫られる日はやってくる
誰にとっても然り
ただただ、その人個人の問題じゃ
一人ひとりの問題が人間の間で顕在化しているだけに過ぎぬ

誰しもいつかは自身を正しい目で評価し
そこからさらに上方へと変えてゆくのを迫られるのが常じゃ
自身だけはありのままにというは容易いが
完成した人間なぞどこにもおらぬ
それがゆえに、自身への評価の中で自ら変えねばならぬ部分を認めてゆくもまた
魂の修行であろう

一生をかけて、人はそれぞれの問題に取り組み
自身を変えてゆき
より高みを見上げてきた

長い間、行われてきたその仕組みそのものは
理性の部分で司る仕組みとして存在する
感情なぞでははかれぬのが、見えぬ世界の理であった
生きし時、どれほど人に愛されようと
心が虚無であれば、魂は虚無に留まり、動くことを知らぬ

厳然として在る理こそは
誰かの評価を必要とせずに
あるまま存在するだけよの…

こう申して人がいかほど理解し
己の生き方に反映させてゆけるのか
実際に期待しているというには遠い

真実は己自身が生きてきた中でつかみ取り
生きる教訓にしてゆくものなのだ…

新たな時は来た、と申し伝える

Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © 紫音のスローペースなチャネリングで。. all rights reserved.