見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

大国主命
よかろうぞ…

人は皆自身の心中にある囚われを持つものじゃ
人それぞれ異なった生き方をし、その中で考えるからこそ
それぞれの囚われを心に持ち、生きることとなるのだ

囚われとは何か
可能性のある人の生き方を“できぬ”と
自らで思い込んでしまう事に他ならぬ

全ては自身の頭で作り出した幻影であることを理解すれば
可能性は限定されたものはなく
全ての者に平等に与えられた機会であることを知るだろう…

人はいかばかりか
自身の囚われを持つことにより
自身の生活や生き方に価値を与えようとする
これでよい、身の丈にあった、ほどほどのもの…とは
自らに言い聞かせている言葉なのであろう

その言葉が現状への感謝に裏付けられているのであれば
満ちた心ともなり、囚われによるものでないと分かろうが
言葉を発するときその真意にあるものが
現状でよいはずだ…、これで精一杯なのだ…という
いつわりであったならば
心の囚われの中でしか生きることはできぬであろう…

自身の希望を星のごとくに眺めていても
偽りの中にいては、心は苦しくなるばかりなのじゃ…

自らを偽ることなく生きるとは
全てに常に全力で生きろというているわけでもない
欺くことをせぬと選択することで
自身を追い込むような選択はしなくなる

少しずつ力を尽くせるように己を変えてゆくことで
その日はやってくるものだ

生きやすいか、良い環境であるか
全て決めているのは自らの心に過ぎぬ
あらゆる物こそあふれる世であるが
人の魂や人生に2つと替えはないことを知った者たちじゃ

心は全体を支配し、自らがその心を支配することができる
難しい道理であるか?
否だろう
真理とは常にもっとも簡素であり、全ての人々にとって
平等な真実であるからなのだぞ…

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