見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

大国主命
はっはっは…よいぞ…

して、人は如何様にも生きられる生き物というは理解したことか?
心中が定まり、頭であれこれと考える以上に、
そのものを動かすは人の魂にあり。
魂により、その者の考えや言葉、行いが表出され、
その人となりをも規定しゆくと思えば、何の不思議もないことじゃな…

人は惑い、悩むがその全てはその人に原因があると
いさぎよく認めれば、正しい見方も出来、真実に近づくものじゃ
原因が無くして、問題もなかろう
因なくば結果などないものよ
自身で気がついておらぬだけじゃな…

魂の声と申すが、その者自身の“時に感情で変化する部分”ではないぞ…
それは頭じゃ
魂の声は一定して変わらず、人生の中をずっと流れてゆくものじゃ
その部分に分け入るには、自身が自身をよく知り
心と感情の声を静かにせねば、聞こえても来ぬだろう

魂の声を聞けと申すは、会話をとれということではない
感情や周囲に振り回されず、
自身の根幹となる部分に注意深く焦点を当てて
自分の奥深くにある真の声に触れるという意味じゃな…

実際、夢で触れる者も多く
誰にでも日に何度もその領域からの声に触れるのが定めと言える

世は変わったぞ…まだまだ変わるだろう

表面的な事象にこだわっていれば
その真意も見えなくなってしまうように
自分自身をも見失ってしまうものじゃ…

自分の本当の意思、奥底の目指すところと
自身の心の赴く方向が同じとは限らぬ
楽をしたいと思うても、魂では苦労し自身の向上をする機会と知りうるやもしれぬぞ
そのぐらい頭と魂は異なるものじゃ…

それ一層に近づけて、生きようとすることが
すなわち成長なのだろう

魂の声を聞き、何かを知りたいと願うため
心を澄ます修行が成長であるのか
魂の声を聞けずとも、己の奥底の真の気持に忠実に生き
自身のために役立てて成長とするのか

人はこう問われれば、無論後者答えるが普通であろうが
自身が同じ立場に置かれたとき
自身だけは異なるとしてしまうものじゃ…

人の弱さともいえようが、他人と自身が本来は全く等しい価値を有する
神の分け御霊を持つ存在と、心から知れば
自身は例外であり、他の一般論とは違うと言うことはなかろう
そのような考えそのものがないからじゃな…

一人ひとり、自身についてよく考えてみることで
自身の周囲は目まぐるしく変化するものじゃ
よく変わる者あれば、ふるい分けされる者もある。
世の精算は厳しいが、当たり前の道理の元で
導きだされているものじゃ…

Comment

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失礼ながら、大国主命殿は気さくで頼れる兄貴って感じが伝わって来ますね。
若々しくエネルギッシュな感じです。
神界の大御所に失礼かと思いますが、親近感湧いてしまう(笑)
SONO | URL | 2012/03/28/Wed 10:18[EDIT]
親近感でいいじゃありませんか!
神界の存在の言葉をつむぐ大きな要因は
神々が本当に存在していることを知ってもらう、ということにあるようですし
問題なし!ですよ
紫音 | URL | 2012/03/28/Wed 21:45[EDIT]
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