見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

天照大神
生きる道の途中途中にある人それぞれの定石となる物事
人にとっては重くもあり、体を休める憩いの場ともなり
様々にして現れようぞ…

定石はその名の通り、してあるべき位置におかれる出来事となり
元より備わっていた定められた事柄といえような…

見えぬ、気がつかぬものもいて当然よの…
ぶつかったとて、なぜ痛むのかがわからねば不安にも思う
周囲が明るければ石もまた見え、避けることもできたであろうな…

心の眼を開くというは、己自身の心を開き
正しい姿を正しい眼で見つめるということに他ならぬ
心中穏やかに生き過ごしていれば
常日頃の目線の中でも世をあるがままに見ておれるものじゃ…
けして霊の眼を開くということではなく
修行などは必要としない。
人の生活、暮らしの中で保つ心根と思えば
心の眼を養うことで世の様相も己の生き道も
また明るくはっきりと見えるものじゃ

見えぬ分からぬと焦る気持、不安こそが
それら、鑑定というものにおいて明るみに出されることを必要とするがしかし
人は本来は自身で答えを見いだせる存在であるものよ

これからの時代に合った見方と言うは
その者自身が、己の持つ眼や力を正しく使い、
迷いし時に迷わず、生きられる方法そのものを教えゆくこととなろう
後継たるものは後継を生み
一人ひとりが安らかな気持で生きゆき
為すことをするように務める世に変える

正しいこととは何であろうか?
自身の正しいと思うておることを
顕在化させることではあらぬ
心の眼で物を見ることなくば、正しいと思うた時から
すでに道を違えてしまうだろう…
何を正しく、何をそうでないとするのかは
己自身の心で決めればよい

人はみなそれぞれの姿でそれぞれの意思で生きる
たとえ人から見て正しくは見えずにおったとしてもなお
それはあるべき姿であり、正しくないということではないのだ。

人の倫理に照らせば正義をふりかざすも簡単なこと
ただし、その倫理を用いるもまた力の行使として責を負うはずじゃ…

人を認めずして人の世の先はないに等しく
自身への価値と、他者への価値も等しいと
心からの理解があってこそ本当の意味で相互理解し、助け合うことができるもの

数多の存在に等しい価値を持てるものは少なく
自身も他者に安くあしらわれてしまう結果となる

自身とは何であったのか、他者とは何が違うのか
みな本来は等しかったといえばよかろうかの

心で理解するに人の一生は短く
転生を通じてもなお学びきれはせぬ
ただただその努力の過程に、何を考え、行動してきたかで分かるものよ…
己自身の頭で考えたことは実として残る

今の状況を心に照らして考えゆくは
新しい考えは考えたまま蓄積され
魂の荒い部分をもこそげ落とすようにの…

生きる間、苦労は尽きぬと思うが
人はそれだけの努力を持てると思うからこそ
皆が生きられる

他の者への感謝、価値観を認め
互いにまとまることが唯一の
人の魂の試みであろうの…

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