見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

伊邪那美神
結構…

生きる世はそれぞれ、見えるものも違い
それぞれの人が心の鏡に反映して見るよう、違ったもののように映ることもあるもの

しかしながら、起こりうる事象はただ一つに過ぎぬものよ
それをどう捉えてゆくかが、それぞれの人の心をかいま見る機会となるでしょう

ある者は好機と捉え、ある者はそれを見て絶望するやもしれません
しかしそれはそれぞれの捉え方に過ぎぬもの

心という事象を映す鏡が歪みを得れば
正しく世相と映すことはなく、歪んで映すように
心という鏡がどうなっているのか
それぞれの状態で映り方は変わるもの…
それこそ、千人いれば全て異なるでしょう

人と人がその違いを論じ、争うのは
真、穏やかではなく、悲しいものであるでしょう
しかし、お互いの違いを認め、譲歩し
異なった味方があることを互いに知れば
たとえ、自身の見え方とは異なっていようと
それだけ世界は広がってゆくもの
自身の捉えたものだけが全てではなく、
様々な発見や、感情、見え方があって当然なのです…

人と人がどれだけ異なっているのかは、同じ事情に向き合い
その意見の違いを尋ねれば明白となるでしょう

それぞれの者は異なった旅路におり、
異なったものを見ておっても、その世界そのものはただひとつであるがゆえに
本来の意味では分離することなく、互いに影響しあって成り立っているのです

人の意見をその場では疑問に思うこともあれど
心にいったんしまい置いて、広く物の見方を覚えれば
自身の役に立つことでしょう

あれやこれやと批判して排斥してしまっては
他から見た自身という大切な見方のひとつを捨ててしまうことになります

様々な目から見た自身という評価も
時には自身を改革してゆく手だてになりますぞ…

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