見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

何がリアリティになるのか
以前、なにかのスピ本かなにかで
「自分自身のリアリティは自分でつくる」なんていうくだりをみたことがあります。

そういう言葉遊び化しやすいものは
大抵放置してしまうものなんですが、昨日「おっ」と思うことがありました。

土曜定例の神界との会話で
「世界の様相はひとつの状態なのに対し
 それを見る側の人間の心の鏡に歪みがあれば
 世界も歪んで映し出される」と。
そんな会話だったのです。

思い出しましたね、上記のリアリティの話を。

ありのままの世界は、たしかにひとつの状態に過ぎないのに対して
自分自身の感情や見方、捉え方で世界への解釈も変わっていくんでしょう。

同じ状況にあっても、絶望する人もいれば
また立ち上がる好機と思う人もいる。
それは同じ状況だったとしても、やっぱり違ってくるものです。

と、すれば必然的に行動も変わり
未来も変わっていくことでしょうね。

すべての瞬間瞬間はそういった歪みなく視ることができる状態ならば
おそらく物事は比較的早い段階で結末まで見通せるのかとも思います。

でも、人間だからそうはいかない
どうしたって、歪みがあって当然なんですね
だから個人で現実が少しずつ違うものになっていくんでしょう。

自分自身の心にこういう歪みがありがち、という風に
自分で知っていれば、それをふまえて調節していくこともできるんじゃないでしょうか。

ともあれ、スピリチュアルな理論というのは
どうしても机上の空論になりがち。
難しい本を読んだところで、満足はできても現実は?となってしまうでしょう。

現実に向き合って生きていて、
その中で、「あ、そのときの本はこういうことだったんだ」と発見できれば
きっとそのときにこそ、役に立つものなのかもしれませんね。

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