見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

伊邪那岐神
人は悩み、時に道が見えず暗澹たる心持ちの中
それでも進まねばならぬときがあるだろう…
しかしなお、人は生きようとする本能が働き、
死することを選ぶより他の道を模索しようともがく
もがく苦しみこそが、生きている実感なのだろう…

その境界線の境はきわめて僅かであり
そこには意思の力で変えられる境界との境目となる部分がある

心の奥底で受け入れ、進みゆくか
衝動に身を任せてしまうか
そのときの心理に所以するもの…

本来の人の心は悩み、解決し、また進むことで心が鍛えられ
たくましくなりゆくものであったが
今の世の中はそうそう、問題が生死に関わるようなものにはならず
生きる上でのいざこざが中心になり
心の闇を増幅させていくものが多くなる…

心の闇とは何か
それは誰しもが持ちえる、そのものの最も触れられたくない部分に過ぎない
そこに焦点を当て、日の光を当てることすら痛みを覚える部分が
より拡大され現実に反映する時期に
人は狼狽するものだ…

その暗部に焦点を当てることで、より増幅する暗闇は
日の光に自ら晒し、消滅させていけるものであるだろう

古来より正体の分からぬものを人は恐れてきたように
自身の心の闇の正体とは何かをとくと見つめ切るとよい
何がその点の中心を成しているのかを自らの力で知ることができれば
現実的な対応も考えることができるのだ
恐怖に囚われたまま恐れていても、心の闇は広がるばかり…
いずれその闇に囚われてしまうだろう

心が闇に囚われてしまうと死してなお
心と言える部分は、肉の器が無くなりし後のに同様に
囚われたままとなる

心を見つめ切るは、人のとっては辛くもなる作業であるが
決して避けて通れぬものよ
自身のうちにあるは、光明もまたしかり
最も暗い部分もあるということよ
それを否定はせぬ…
人である限りは無くせぬものであり、成長しゆくための布石であるものだからだ…

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