見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

伊邪那岐神
よい…

数多の事柄が人の生には起こるべくして起こるものではあるが
そこから何を学ぶこともせぬままだと、
いくら物事が起こり、事象が変わりゆけど
その者自身が変わることはないだろうな…

これまでの自身という長い道のりであったこと
全ては意味あるものとして、心にうまく納め、前を向き者の足取りは軽く、早いのだ
余分な荷であったものは、とうに自身の財産となっているからだ…
なかなかにして、その心の重さに直面できずいる者は
足取りも重く、ゆっくりした歩みにもなろう
それが自然というものだ…

当り前のことのようであれ、人は自身が困っているときほど
当たり前のことと思い出すのは難しいものなのだ…

誰かがそっとその解となるものを囁くだけで
見る間に変わりゆける者もいる
様々であるな…

人の行く末は、今、己自身の心と立った場所から
よう見えよう…
今、ありきなのだ

未来をよりよく望めど、今が変わらねば未来もまた
その延長線上にしか起こりえぬのだ

こうまで言うても、人は腰が重かろう…
何が心と体を重くしているのかよ

心の内側を見つめることは、本来の自身を見つめ気づくということに他ならぬのだ…

世に言われる瞑想だの、様々な要素は
一言、このことにあったのだ
己自身を知れ、ということよ

何がしたくて、今の自身を知る必要があるのか
どう生き、どう社会に関わりたいのかよ

自分の心はよう知っておろうな

人の子らよ、今、この時に何を考え、何を行動するのか
自身に問うてみるとよい

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