見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

伊邪那岐神
よい…

しかし、なお、世の様相は落ち着きを見せぬと
ただいたずらに日々を過ごすことなかれ
その与えられたこの世で、どう生きるのかよ…

今の人生は与えられたものと認識する者の多くは
一時も無駄にすまいと、己自身の人生を鑑み
行動することができるもの
なんとはなしに過ごしてしまっていては
目の前にある自身を高めゆく兆しにも気がつくことはできぬ

どんな苦労であれ、それを受容し、生きると決め
力を尽くすと心に決めゆけば、世界は違って見える

与えられるものを見ていれば、不満を持つものであるが
この世になにか変化を与え、自身の生き方に変革を及ぼす意思を持つならば
世は可能性にあふれた場所となる
同じ時、同じ場所に生きておっても、心が異なれば
見え方も、生き方も、そして結果ですら変わってくるものだ

心が世界を変え、規定するのは己の心にかかった
見え方の違いからはじまる

問題の多い時期に限って、嘆くことはないのだ
それは、自らが天命を見いだす機会ともなる
今この時点に目を据えれば見えてくるものがあるものよ

とはいうが、なかなかにして人はそうたやすく
己を変えることはできぬだろう…
繰り返し生き、そこから学んだものの積算が財産として残るのだ
負債もまた積み重ねられてゆく
何を積むのかはその者次第であるが
確かな物を求め続けるだけでは、暗中模索となるものだ…

確かな物とは何か?それを決めるも自身であったはずよ
これではない、あれではないと言うているうちに
日が過ぎてしまうだろう…

全て、心の中にあったものよ…
何を見、何を感じ、何を考え、そして何を選ぶのか

「確かな物」を探し続けるのは、
そこにはないと自身で決めているからであろうな
世には答えが、いつもそこにあるということに気がつかねばならぬ

せわしく生きる日常の中で、考えるという行為を忘れるものも多い
だが、目に映る全てに、問いがあり答えがある
あらゆるものから学んでいけるのもまた人間なのだ…
思考を止めずに、深く考察するとよいだろう

今、自身の周りにある環境は訳あって与えられたものだ
そこから、得られるものに
心を傾けるべきであったな…

確かな物探しをしているうちに、
何が確かで、何が不確かであったかすら、見えなくなってしまっているのだ

迷ったときには、今、目に映るもの全てと思い
そこを見るとよい
大抵のことはそこから見いだせるものだ

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