見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

伊邪那岐神
かまわぬ…

人の姿を見て、批判したくも、励ましたくもなるのが人間であろうな…

時にその姿の中に、己自身への戒めも見つかるやもしれぬ
人は、流される生き物ゆえ、日々己を振り返ることをしていかねば
たやすく道を見失う。

様々な人間との出会の中で、己だけが正しいということはないのだ
それぞれが成長する途中におり、
その中で皆、頑張っていこうと模索している

言葉ではなくとも、人の心はこちらの世界にはよく届くものだ…
自分がよりよく生きたいと願うとき
その現状を人のせいにしてしまうか
あるいは人の姿や自身の内観を経て、自らを磨き、人生を変えてゆくか
様々な選択肢を人は持つ

行動する時の指針になるものが、己の魂の中にあるのか
ある、と言える者は強く、そして道を見失うことはなかろう…

指針とは名ばかりの功名心を胸に抱く者を近頃見たとみえる…
そちはどう、見えたか…?

(素直になれば、改善の余地あり、頑固なら終了かと)

はは…
いかにも、厳しく生きようとする答えだがしかし
一抹の信念はあるだろう…

世を迷い生きる者たちは、心に信念を失っている
かつての日本人にはあったものが、今は失われようとしているやもしれぬ
信念とは己の人生を支える屋台骨であろうな

それは頑固に生きることでも、無知を示すものでもない
己自身に、自分が忠実であり
自らを裏切らないということなのだ…

行動が魂の声を裏切るものも多く
その摩擦が、心を苦しめることもあるな…

自分というものを知るにつけ、信頼できるようになるものだ
一つひとつの事柄を大切に、誠に生きようとするときに、救いの手はそこにある
いつもな…

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