見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

マザーテレサ
久しぶりに見かけたマザーテレサの言葉


主よ私をお使いください

主よ、今日一日
貧しい人や病んでいる人を助けるために
私の手をお望みでしたら
今日、私のこの手をお使いください。

主よ、今日一日
友を欲しがる人々を訪れるために
私の足をお望みでしたら
今日、私のこの足をお貸しいたします。

主よ、今日一日
やさしい言葉に飢えている人々と語り合うため
私の声をお望みでしたら
今日、私のこの声をお使いください。

主よ、今日一日
人は人であるという理由だけで
どんな人でも愛するために
私の心をお望みでしたら
今日、私のこの心をお貸しいたします。




マザーテレサが36歳のとき、インドで汽車に乗っていた際に言葉を受け取ったという
「最も貧しい人の間で働きなさい」
それ以降、貧しい人々のために勢力的に活動を続けきった。

でも、2007年に発表された有名な書簡がある

「私はイエスを探すが見いだせず、イエスの声を求めるが、聞けない」
「自分の中の神は空虚だ」
「神は自分を望んでいない」
「自分は孤独であり、暗闇の中に生きている」

神の不在を嘆きながら、祈りを日課として
それでも、自分の道をあきらめることはなかった。
その結果は知らない人はいないだろう。

でも、この人は何を支えにしてきたのだろうかと思う
それを考える余裕がないぐらいに忙しい日々だったのかもしれない

上の言葉を見て、思うのは
神の不在に苦しみながら、それでも自分をお使いくださいと祈り
最後までやり通したその「結果」

マザーテレサが残した結果を見ることで
逆に、神の存在を感じる人もいるのではないだろうか


映画「マザーテレサ」では、もうすこし違った面も見える。

今日の食料に困った時、彼女は祈るのだ
必ず聞き届けられると断言し、そして本当に届けられた。

彼女は助けがあることを知っていたし、それが届くことも確信していた。
強い気持ちと、弱い気持ち

人の心は、他人にはわからない
そして毎日、揺れる
それだけの確信があっても、迷うときは迷う

彼女ですらそうだったのだから、
迷って困って、決められないとき
そういう自分を許すことも必要なのではないかと思う

煮詰まってしまう前に。

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