見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

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月読命
月の光が届くとき、人の心の底に届くとき
静かな光は、眩しさに眩むことなく
深く深く奥底までを見通す

光の性質が異なるからこそ、人の心の底にあるものを見つめ
知ることができる

人が自身の心の奥底にはないはずだと信じているものすら
容易に見つけることができるのだ

人は自身をより評価しつづけねば折れる
認めらければ折れてしまう
だからこそ、自身を時に自らのてで欺く。
欺きつづければいつしか苦しくなり
その差を埋めることが難しくなる

必要なのは正しく己を見、正しく評価してゆくことだ

自惚れもなにも必要はなく
今の己に評価を見出し、伸ばすところを自らの手で
伸ばしゆくことぞ

簡単なようで、なかなかできる者は少ないな
できぬことを認めぬ者も多い

ただ、自らの誤魔化しは、この光の元では効力を持たぬ
まやかしは霧の如く消えうせる

正しいと信じるもの、
その姿が、その本質が何であるか
この光の元でみてみるが良い
覆われたまやかしは全て暴かれるものぞ

ゆえに自らへの評価を正しく求めるときは
夜の光の元で考え、求めることじゃ

ぬしが思うより、ぬしらは強いからな…
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月読命
人の成長は人それぞれ
立つ位置も異なればまた見える景色も違う
見る目も心も違う

人が何を見、どう思うのか気にすることではない
己が何を見、何を考えるのか、それだけであろう

それぞれの立ち位置が異なるからこそ、
人はそれぞれ異なる意見を持ち
異なるものを信義とする

信義を何とするか
誰かの思想とするか、己の心の中の魂とするか
それすらも自由であろう

親子であっても魂は異なり、違った見方をするものだ
同じものを見させようとしてはならない
違っているからこそ、この世に在れる
そこに価値があるものぞ

思想は人の成長によりけり、違ったものに惹かれるだろう
それを必要とせぬのは己の中に確固たる信義があるか
それとも信義など持たず、その日を漫然と暮らすか
どちらかであろう

漫然と暮らす者は先の展望を持たぬ
持たぬがゆえに今を甘んじる

その人をより価値あるものとするために
己の中にどのような思いや考えを取り入れていくか…
自由であるとはいえ、玉石混交の世じゃ

あらゆるものを知り、経験したいと願いものには
都合の良すぎる現世ぞ…
(笑)
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