見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

月読命
いよいよと人の心が知れるとき
現世に明らかとならずとも、知らず知らずに
己の手で環境を生み出すもの

環境、人の生の流れが変わるとき
人は知らずともその準備を始めている
あとになれば驚くのも無理はない
知らぬことだったからよ

人がなぜ、時にこのような不可思議な行いを取れるのか
取ってしまうのかを考えるにつれ
己一人の意思だけではないと分かるはず

人一人が生きていると思ったところで、それだけのものであろうか
数多の存在は人と同じように肉の衣を持つとは限らぬ
多くの、多くの存在のたった一部が人である、というだけのことよ
してみれば、人こそが主役の現世から目を離し
他の者の存在を心に招き入れるきっかけともなろう

人が不可思議な経験を重ねるたびに
人だけにあらずと思い出すはず

他の存在あって、人がある
成り立ちを知れば人として生きる上で、本当に知らねばならぬこと
行わねばならぬことが何であるのか
自然に分かるものなり

月読命
心が穏やかであるとき、その心に映すは人の生き様
生き様は定めることもできるが
ときに定まっている流れから抜け出ることができぬと
窒息しそうな思いで生きているものもあろう

それらの魂はみな、その定めに従いつつも
そこからより大きな世界を掴み取ろうと望む

運命に挑むのではなく
従うのでもなく
捻じ曲げるのでもなく、飛躍なのだろう

その有様を想像してみれば、定めに振り回されることもなくば
まして定めという言葉で己自身の努力や、生を放棄する生き方など
ありえないことだったのだとわかる

人は理解できぬものに畏怖を感じ、己をより小さく感じる
だがそれでも己の内にある真実
真実があることを否定するものはない

ただちにその内の光を認める者
認められずにいる者も、その差は無きに等しい
認めるもなにもない
知っているからだ

定めとして考えのあるものをよく咀嚼し
全体を解き明かすことで
何をいう小さなことにつまづいていたのか、と気づくこともあろうな

長い目で自分を育てるとき、毎日毎日が春であるわけがないということだ

自身に愛情を向けるのか、刃を向けるのか
人は極端だ
その極端さ、激しさ、苦悩も
人らしく人を成り立たせる
いつかそんな人の姿すら、なつかしく思う時が
あるやもしれぬぞ

大国主命
はっはっは


心が落ち着く時というのは、実に有用な時ぞ
心が落ち着き、感情から解放され
魂の姿があらわになるとき、そのとき心はどうあるか

心の中に暖かい、優しいぬくもりを感じる者
落ち着いたときにこそ、冷静沈着に今後を展開する現実を考える者
現世を忘れ、思いと夢の中にある者…

人それぞれに異なる、落ち着くその時こそ
魂をあらわにする一瞬ぞ
その一瞬に考えたこと、その一瞬に触れた己の中の感覚を拾い上げ、
意味するものを考えるとよい

常にこうあらねばならないと己自身に言い聞かせていた己はどこかへ去り
ありのままの素の己が顔を出す
素の自分を忘れずに、ときとして意識的に
その状態へと戻れば良い

人生のいかなる瞬間にも己を見失うことなく
ぶれずにいるということ、即ち
ありのままの自分を正確に記憶でているということじゃ

のんびりと日を過ごすことでみつかることじゃぞ


はっはっは

大国主命
はっはっは

愛情を持つ人の心の中には、
他者への犠牲心で成り立たせている者も少なくはない

そうではないぞ

自分あっての他者と思えば良い
一人ひとりが確かにこの世にあって、他のことも考えられる
それが親子であってもよ…

愛情を人にかけているようで、その返ってくる気持ちを感じ
自分を成長させる
愛情とは相互に行き交う思いやりからはじまってゆく

履き違えると愛情ほど混乱しやすい思いもない
ただ、心の中にある暖かい気持ちをやりとりしたいと願うなら
それはどんな場合であれ、愛情と言えるだろう

人は己のことばかりか、
己を否定し他者への犠牲になり続けていることを
愛情と錯覚するか

往往にして、本当の愛情の姿には気がつかぬ
自分の中に他者に与えるだけの愛情、
暖かい心があるか

枯れてはいないか
あるのならば、必然的に与える関係もまたやってくるものだ

こと、親子については真そうである

はっはっは

大国主命
はっはっは

人の多くの感情、悲しみも苦しみもよう伝わる
知らぬばかり、ではない

一人ひとりがその思いを抱え、それでも日々を生き、生き続けることに
思いを向けるのであるなら
我らは見守り続けるだろう

悲しみも苦しみも皆、人にとっては糧となる
その苦しさすらも今、貴重であるといずれ理解できる

人が人である以上、それらはあって当然のことぞ

心の中に何があるのかまでは
人同士にはわからぬのよ

苦境に立たされてなお、立ち続ける者こそ
真に強い者だろう

他者を賤しめ、罵詈雑言を吐く者ほど
見苦しい者はない

我らは助ける者と、助ける必要のない者も知る
同じとは考えぬ

それが厳しさだろうか?
否、当然のことだろう
全くもってそのようなときにこそ使える便利な言葉があるではないか

天は自ら助く者を助く

道理じゃな

はっはっは
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