見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

邇邇芸命
はっはっは…


さて如何様な時の流れにあっても
己の本心を見失うことなく
誤っても修正し…元の路に戻れるならば
おおかれ少なかれ正しい路のりにあると言えるだろう

そこで己自身の心に支配され、己を見つめることができなくなった者こそ
本当の意味で路を見失った者と言える

人は間違いもする、戸惑いも逃げもする
だが多くの者は正すことを知り、行うことができる

意地と見栄で正すことができぬ者、
盲信にかられすでに真実が見えぬ者は正しき路を見出せるまで
暗い路を手探りで進めなければならぬ

ただひとつ
心の中の光を思い出せば路は見つかるものだ
どんなに見えぬと思っていても
光があればみつけられる

あらゆるもの、こと真実を恐れるあまりに光を灯せぬのは
真実に光を見つけ出される恐れからだ

自己を開き、どんなものにも心を見られていてもひるまないことだ
光を灯すことに恐れはなくなる

心中の光を灯すことも、心中を開くことも同様よ

なくして真実は顕れぬものじゃ

恐れは真を見えなくする

その結果、結果が人の生き死にまで変えてしまうのだ
いずれその目で見つめる日もあろうな…

邇邇芸命
はっはっは…

人は知らず知らずして、その輪の中に
自らが思ったものを無意識に取り入れ
己の人生の一部とする

その一部は定めであるのか、それとも不確定な要素であったのか…

その不確定な部分が鍵だろう
定められたものは誰しも持つ
ただそれだけじゃ
味気もない

不確定な要素が思いもかけず、その生、全体を司ることすらある
その不確定な要素とは何か

そのときどきの己に見合った、全く知らぬ外からの要因もあれば
自ら引き入れるものもある

それら不確定な要素を見るだけで
その者の状態や心ざしがよう分かるものじゃ…

生まれついてのもの、定め、それ以外で
その人間が今、何をし、どんな努力をしているのか
何を好み、何を嫌うのか
それで人の中身もわかってくるだろう

人の生の中では、出会いも別れもある
しごく当然のことじゃな

その時その時で、相手が合う、合わないと感じるのは
しごく当然のことよ

で、あるならば、人の社会の枠の中では
生きられぬものもある
かようなものと在る生き方を受け入れよ

そこから限定されていない己だけの生き方が見つかるものよ…

はっはっは

よいではないか…人はこうした楽しみを持つ
瞬きのような間の生とはいえ、
楽しいと思って生きるか、何かが足りぬと思って生きるか
心が決めているものぞ…

はっはっは

邇邇芸命
はっはっは…

ようやっと自身の身を立て直し
新しい生き方をはじめようというとき

人は誰でも幾度かそのようなときを迎えるだろうが
古い過去の自分を引きずることなかれ

古い過去は古い価値観で縛られ
新しい今は、今の価値観がある。希望もある

新しい価値観を紐解いて、その中へ身を置き
そこから今の自身をはじめよ

古い自身の持っていた過去の思いは滅却し
全て、穢れなく新しいさらの状態ならば
新しい図が描ける
どんどんと開けてゆくものじゃ

せっかくの新しい地に、古いものを持ち込みいつまでもしがみつくなら、
古い古い掛け軸をいつまでもながめているようなものよ
現世には現れず、ただただ空想してるだけのこと

古きはいったんさらにし、ことさら今後
何を取り入れたいのかそれだけに心を注ぐこと
過去は過去、今は今よ

その思い切りのよさこそが必ず
この先の現世を変えてゆく
どこまで人の心を完全に入れ替え、感情という衣を脱ぎ捨てるのか
それが守られれば実は現世の仕組みがはっきりとわかるだろう

こと、現世の仕組みを知りたいと願い
その志を持って生まれた人間ならば
このような時こそ、現世を体で知る手がかりとなる

知るは頭だけでなく経験してみることで
永い間、転生を繰り返してもなお
行き着くことのなかった真実へ誘うだろう

まことに価値ある経験は、現世からこの摂理を学び知ることになるのだ

全てはそのために起こる事象にほかならぬ

喜びも悲しみも苦しみも全てよ

その経験のために選んだ事象は摂理を学んだ者にとっては
選択することすらできるようになる

設定された学びの予定を書き換え
己自身の摂理の追求のために知ることを選ぶということだ

誰にでも起こりうることではない

近しいところにたどり着いたのであるなら
経験から全てを学べ
その学んだ摂理こそ
また次の摂理を知る手がかりとなり
人はようやっと大いなる意志に気がつくだろう…

はっはっは

タケミカヅチノカミ
振り返ることなく、前を見つめている時
前に路ができる

思いや思考を前へ前へと重ねることで、
その路は前方に築かれてゆく

思いや路をひらくのは、現世にあっては同じ(同時)ではない
思いのつけた路はやがてゆっくりと現実となる

だからこそ、自身の未来や先々について熟考し
その思いによって路を得てゆく時間がある

思い即現実では、現世の者には何の役にもならぬ
人ならば失敗もする
間違いもある
その考えを見直し、見直して、未来を見据えるために
思いがつけた路筋が現実となるまで
時を必要とする

その時があるからこそ、人は成長するものだ

思うようにならぬ、ならぬと考え
思うようにならない未来を道筋づけているのは
自分だったのだと気がつけば早かろう

真実は経験から得た己の中の確信にある

自身の中に蓄えたものこそ、価値がある
他の誰かに惑わされることはないものぞ
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