見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ニギハヤヒノミコト
人の心の中にはいくつかの自分がいるだろう

理性や魂がかくあるべしと思うて、その姿を辿ろうとしても
必ずその通りに動けるわけではないものだ

これまでの道のりで得た経験
深く深く心に染み込んだ経験が、その都度別の己を表出させ
その通りにうごくことで我が身にやってくるかもしれぬ可能性を
回避しようとする

その回避こそが、人の本能ならば
理性が勝ち得るはずもなく
人は同じ失敗を繰り返すのだ

人が生きるものである以上、動物としての本能もそこにはある
魂がささやく理性を生かして生きることもできる

いずれにしても、そのどちらかに傾いた生き方を
これまでの人生のどこかで必ず目にしているだろう

その姿を見て、自身で考えるがよい
もしも自分がこうだったら、
もしも自分がこう生きていたら…

その姿を心に焼き付けることで
間違った選択の一歩手前で、己を留めることができる

間違ってもよいのだ
都度、見直し考え、見直し考えて
少しずつわずかづつでも己自身を高める努力を止めなかれば良いのだ

それが光の当たる道、光の見える道だ

心の納めた自分の姿えお思い返し、その道を進むと良い…

ニギハヤヒノミコト
いかなる事象あれど、いかなる心の動きあれど
囚われることなくありのまま元の自分へと戻ればよい

人の子ならば、様々感じ、様々行動し、時に反省し、時に為そう
その都度で自身のことを振り返り、結論を出し
そのことはそこで終わりにすればよいのだ
長々と考え続けることをな…

一つのことにとらわれて、その感情を持ち続けると
あらゆる事象がそのようにしか見えなくなる

本末転倒とならぬように、一つのひとつのことにとく区切りをつけて
自身のうちで終いにしておくことが肝要

さすれば次の問題へと取り組める

人の子らの心のうちにある根は深い
あらゆるものに根を下ろし、広げ、知識や経験を広げ得ようとするが
時に失敗もしよう

その痛みを避け、もう経験することもせず恐れていては
そこへ自身を閉じ込めるのと同じになる…

自身を閉じ込めず次へと踏み出すは、
失敗や痛みを恐れずに挑戦しつづける気概だ

人の子よ、自身の内にある力を信じ
真実を見逃すな
真実はいつでもそこにあり
真実はいつでも己自身を見つめ返す

自身が真実を見つめる時、等しく
真実も人を見返しているのだ

ニギハヤヒノミコト
久方なるな…

時の変わり目にある人の子ならば、今この輝く一瞬を
殊更大切に思えるもの…

うまくはゆかぬ物事あれど、禍根を残さず、
人の世の常として心の中で問題とともに在る
受け入れる器を持った者ならばなおのこと、
この世界での次、次の幕は何かと思わざるを得ない

それもこれも今の生き方を肯定し、力を尽くしたからあること
次を待つ、というは今に力を注いだ者にその楽しみを与えられる
次を待つという行為の本質はそのようなものであったはずよ…

人の子は今に力を注がずに次へと行こうとするが
それは単なる放棄にすぎぬ
放棄された道は閉ざされ、陽の目を見ることは叶わぬ

だからこそ、一つひとつを丁寧に事に当たり成果を残すことを心に留め
生きることが大切なのだ

一つひとつを心に留め、これまでの自分に積み上げてきた行為や成果
漏らさず留め、重ね、自分として型を成してゆくことが
この次へと続く扉への階段となる

今、在りて次がある
次がありて生が生まれ、死を迎え、この世の成り立ちを知る
その小さな一粒が己であることを忘れてはならぬ
小さき者としての自覚が人を謙虚にさせる
自覚なくば己の保身のために人はなんでもしよう
他人を蹴落とし、けなし、貶めるは卑怯で卑しい行為と知れれば良い

自覚あれば肩の力も抜けて、今だけに取り組める
今に取り組めば次があるのだ…
人は禍根に囚われ過去に生きてしまう者も多いが
過去に生きて生み出すものはあろうか?
過去に生きているという自覚があれば、今を見んとする意識もできるだろう

人の子らの世の則はもともと極単純なもの
今に力を注ぎ、次の扉を開けることだけよ

難しくしてしまったのは人の子らの想像であり
現実ではない

留めよ
今このときに

そして力を注ぎ、丁寧に生きれば良い
丁寧に生きることで
自然と今に力を注げるようになるのだぞ…
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