見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

豊受の神
ほほほ…

迷いは誰にでもある
行ったことが正しいのか、あるいは感情にかられた愚かな行いか
真実は結果にある
相手が正しく生きられるように行ったことならば、
例え、自らの手が汚れても人は認め、許すだろう

相手に攻撃したいだけであったなら、それは我欲じゃ
我欲は必ず自らを蝕む

正しく生きられぬ者は時として、
どうしてこうなったのかと思うやもしれぬがしかし
人の手を借りずに正せなかったなら、自らの始末を
人に行ってもらったことをいつしか知るだろう

人の関係はそうした縁を持つものだ
誰かを助けるというは、話を聞くだけでなく時として
手を汚すと思うようなことまでももって
相手を現状から救うということよ
綺麗ごとでできることではないのだ

汚れ仕事でも、自らを翻すことなく強い精神を持つものが
行ってゆける

それが正しいか、正しくないか常に常に見定めねば
人は揺れてしまう
落ちてゆく者も多いのはそのためじゃ

自らを見極める期間、それこそが今なのだろう


ほっほっほ

おしらせ
本日より蔵出しセールをはじめます。
昨年度は寄附金を6万円分出すことができました。ありがとうございました。

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豊受の神
ほほほ…

憂いを持つ時、人は未来を案ずる
だが、その予感がどれだけ現実となったか…

人によっては大抵、人によっては皆無、様々じゃろう
心にふと宿った思いは時に今後を告げる

それが当たろうと、はずそうと、大事なのはそれに囚われてはならぬということぞ
こと、通りの良い、感のするどい人間は
先々を心で知り感覚が変わる
それが毎度のことであろうと、囚われてはならぬ
未来は不確定なものとし、今に集中しておればよい

世の中のや自然がどうなるのか…
それは人の領域か?
否、神々の領域であろうことに、人は案ずる必要はない

どう結果が実ったとて、それは人の預かりしらぬところで行われた
決断ということじゃ…

人は大きなもの、大きな意識にくるまれて生きる
がために、そのより大きな意識の中で己を感じることになる
大きな意識を感じとれる者は、今後を知るだろう
知ったとて、囚われず己を生き切るだけよ

誰かのつまらぬ一言一句に右往左往することなく
今の己を生き切ることに勤めよ…

神々は生きようとする者は知るものぞ


ほっほっほ…

豊受の神
次なる扉を開くは、全て今の己自身にかかる
扉が開かぬ、進めぬと思うても
何が足かせになっているかじゃな…

重いのであれば捨てればよい
持たねば良いのじゃ

他の者を悪し様に言わぬこと、書かぬこと、思わぬこと

心の中を安定して、明るく軽く保ち続けることで
足かせはなくなる

自ら好き好んで足かせを持っていたことになるのだ…

重さから解放されたとき、人はやっと歩みだせる
次の扉が見えてくる

扉すら見えぬようであるならなおのこと
今の己を見直すべきであろう

豊かさとは見えるものではない
真の豊かさとは目には見えぬものだ

つくづくと振り返れば、人生の中で思いに残る幸せとは
皆、目には見えぬ形無きものよ

これからがそうであるように、
人の暮らしの中で豊かさを考える時
必ず心の状態や考えを問われるものぞ

心の豊かさが暮らしを豊かにするのだ

ほっほほ…

豊受の神
人の暮らしが豊かになるにつれ、
足りぬものに目がゆくものぞ
あれがない、あれが足りぬと思い続けているうちに、
自らが何も持たぬ者として思い込む
だが、現実はどうであろうか…

遠い昔からしてみれば、今の現世は想像もできぬ豊かさじゃ…
ないものなど、ほとんどない
いかにして、錯覚してしまったか、そこだけじゃな…

自らの人生も生活も、欲のない目で見直せば豊かであるはずじゃ
人になくても自分にあり、自分にあっても人にはない
それで良いのだ

一人ひとりが異なる個性と、異なる人生を持つために
全員が同じになるはずはなく
理由あってその現実があるだけのこと

現世での状態はそのままその者の課題を反映して存在する
同じてなくとも充分に恵まれ、豊かであろう

自らが豊かであると、心に充足した気持を持ち
感謝して生きることができれば、
生涯、不足の気持にはならぬであろう
いつしか生活も人生も充たされ、穏やかさの中で生きることができる

環境がその者の人生を支配してはならぬということよ
環境はその者の内面の現れ
いかなる住居であろうと、
心が豊かであればそれは豊かに暮らしているということじゃな

ないもの、できぬことに心をを支配されず
あるものに感謝してい生きるがよい

豊受の神
先々の事を憂いて、明日を案ずるより
その日一日を、心穏やかに生きられるよう過ごしてゆくが良い

その日の安らぎは、明日を生きる糧となり
そのまたあくる日を迎える標となる
心安らかであれば、安らかに暮らせる事象に目が止まる

常々、争いや心配事ばかりを探し
心に留め置くものではない
かような事象を呼び込むのは、そのような気配、心の集まりじゃな

避けては通れぬものもあろうが、時に生きる者の定めとして
通過せねばならぬ儀礼でもある

心配するのをやめればよい
そのときどき、直面したときに
どう選択するかを選ぶだけぞ
なにゆえ、人は要らぬ心配で心を埋めてしまうかと問う

朗らかに生きると決め、心配を自らするのをやめてみることじゃ

それだけで生き方が変わり、日々は違ったものとなる

人の人生の基盤は心ぞ
その心なくして、人の生なぞ成り立たぬ

心を失えば、ただ生きているだけのしろもの
人といえるのか?
人として生かされてるのならば、心を大事とし
心を使うがよい

新しい時こそ、気持や心を切り替えにはよかろうて…

ほほほ
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