見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

大国主命



心が荒れる時、人はつい言葉や行い、考えが乱れ
制御できぬ者にとって、
それは現世でそのまま行いとして現出させてしまう

心の中だけだからよいというものでもなく
内だけであれ、
目に見える形で行動したのと同じじゃな
等しく、同じ重さを持ってそこに在り続けるだろう

何か1つ理由があり、そこから波紋を広げるように心が定まらぬ時
目に映るいろいろなことにいらだち、
心が荒れているように感じる

その1つとは何か

そこに焦点を当て、光をあて、見えにくいものを明るみに出すことで
自分の本心が見えてくるだろうな
本心は普段の自分が理性で覆い隠す
こうであってはならないという思いが、静かにさせている
もう一人の自分じゃな

本心を無視して、綺麗に生きようとしてもできることではない
時に突如として現れる荒れた言動は日頃の本心を制御しきれなくなった時じゃ

幼子も同じく、大人でも同じく

理解し合い、内観し、自分の心が本当は何を語っているのか
日頃から注意しておくことだ

ある日、突然に心が乱れる時には
すでに収まりきらぬだろうが、
人は自分と向き合いことができる

本心を大切にして生きよ、そう教えたものに感謝せよ


はっはっは…

大国主命
心がけという言葉があるだろう

人はな、元々心がけという意味を深く知り
その言葉を心の奥深くに置いていたものじゃ…

より前向きに、より力強く、より先へと意識して生きれば
何がどう起きようと己の持つ力で乗り越えてゆけるだろう
先人が教え残したものじゃ…

古い古い時代、神々がまだ人の近くに在った頃、
そのころ、人に教えた言葉は今でも残っているぞ
それがどの言葉であるか知りえるか?

はっはっは…

言葉の持つ力は、ときに人を縛り
ときに人を動かし、ときに人を変えてゆく。

その言葉の1つ1つを大切に、時々思い返してみよ
どう生きるべきであったか
己の力で見いだせる
その隠された鍵が、今、ぬしらの使っている
言葉じゃぞ…

はっはっは…

おしらせ
夏期休暇として、22日まで鑑定お休みをいただきます。
その間のメールなどへのお返事は22日か23日にいたします。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

メールのチェックなどができないため、緊急の用件は戻ってからでお願いしますね

大国主命
人それぞれの時間というものがある
事実、人それぞれ時の流れが速く感じたり、遅く感じたりするだろう
それは感じているだけではない
実際、そうなのだ。

現世は心や意識を反映すると、何度も言った通りじゃ
意識がめまぐるしく進み、忙しい日々を送るものにとって
その者の持つ、その者の時は速くなる。

皆と照らせば、同じ時だがそうではないのだ。
その物差しが合ってると誰が決めたのだ

意識が止まったようにある者にとって時は遅く在り
その中で自分自身の持ち得た時を進めることなく在る。

時というは、行程やも知れぬ

つぎつぎと進めてゆく者は、速く過ぎ
足取りが遅い者はゆっくりとなる

もしも、一生を全力で生き切ることに成功した者があるとするならば、だ
その者は予定していた現世の時よりも早く、
こちらの世界に戻ってくるだろう

だが、それはその者の持つ時が速く進み
全て終わった結果じゃ

あくせくと生き、仕事をせよと申しているのではない
自分自身が何をし、何を目標として生きるのか
日々見失うことなく、目標を心に持って生きることなのだ

人は良く言う
何のために生きているのだろうかと

何のためなど、今、生きている者で真に知るものなどあるのか?
神の目でもなかろう
はっはっは…

生きる理由ではない
何をするかという目標を自ら持つことじゃ
その時々に、己の心の中にあって全てを動かす原動力となる力は
目標ありきじゃな

体が容易に動く時ほど、この目標は目前にあるものだ

何のために
何のために、と愚痴る者には言おう

自らが目標を持て、とな


はっはっは…

選択の話
神界との会話をとったあと、
毎回、なにがしかの話を個人的にするのですが
あるとき、書けるようになったら書いておきなさいと言われた話。


 * * *


どうしても、もう
この手のブログやスピリチュアルといったものの存在意義を感じなくなったのですが
それはなぜか?

私はどこかで「すでに必要とする時期を世界が通過したから」と感じていました。

だから一気にスピリチュアルが下火になり、
人々は自分の仕事や、新しい価値観を持った生き方へ戻ったのだと
そう思っていました。

大国主命にそれを話したときです

「もうどちらを選ぶか決定した。人々は選び終えたのだ」と。

何を選んだのでしょうか

それは現状維持のシステムで繰り返し、学ぶことを選んだ人
あるいは現状のシステムで転生せざるを得なくなった人…と

もう同じシステムで転生を続けながら学ぶのではなく
新しい方法、新しいやり方でやっていこうと決断した上昇志向の強い人たち

だと言います。

ですが、この同じ場所で2つのシステムが同時にできるはずはなく
いずれかのグループが、もう片方のグループを制御しなくてはなりません。

既存のシステムをよしとするグループは、当然ながら見えない存在にも多く居ます
そして新しいシステムをよしとするグループも同じくです。

その2つのグループがせめぎあうのが想像できるでしょうか
まずは見えない世界でそれは起こり、やがて現世にも同じことが起こります。

荒ぶる様子、争いは現世では戦争であったり、自然界の大きな変化にもなります。

ですが見えない世界でのせめぎ合いとは?と問うと
これまでにも何度か繰り返されてきたと言います。

それが古い民話であったり、伝承であったり姿を代えて伝えられていることもあります。
小規模なものでは時折、起こっているようですが。

神々の戦争、と言うと大きく聞こえますが
要は選択によって分離した2つのグループがオセロをひっくりかえすように
この同じ場所を使おうとした結果のようです。
善悪ではない、と大国主命は言いました。

人間によって話に肉付けされた結果、もっともらしい伝説になりましたが、
古来より人間はそのときどきで変容し、選択し
そしてこの場そのものも変化してきたというのです。

その大きな節目がいくつかあり、今回はスピリチュアルブームの到来が
その節目を教える役割だったとのこと。
役割を終えたブームは静かに眠り、これから先の道しるべとして残るでしょう。

大国主命
人が人を愛する時というは、
どこかに相手からも信頼や愛情が、相互にやりとりできると
信じている場合になるだろう

果たして、見知らぬものにもそうできるのか
人はそういった生き物ではない
ただし、それが悪いという話ではないぞ

人が一人では生きられぬとはよく言われるだろう
それはまことよ
ならば、人との関係なくして、人生そのものが成り立たぬ
大人になり、孤独に生きていると感じるのは
人同士の関係が不足しているからじゃな

人と人との関係の中で生まれる信頼や愛情は
相互に助け合い、生きるための糧となり、希望となる
だから相手に与え、与えてほしいと思うものだ

ところが片一方だけのものであった場合
相互にはないものと、いつか目を覚ます
正常なものならばな
与えてきた自分自身の思いを無駄にしたと考え
時に人は怒りに身を焼く
そうであってはならぬ

片一方だけと怒りに転じてしまう者は
そういった人間と出会う
自分の姿を知るために会い続ける
つまり、本当の自分の姿に気付くまで与えるだけの関係に至りつづけるのだ
よくよくと己を見ればわかる

いつもいつも自身ばかり苦労して…と思っていないか
そういった相手は教えるために会うのだ
歪んだ片一方だけの思いを人に与えてこなかったか
そこに気がつけば後は早い

片一方的に、与え続ける感情は信頼や愛情だけではなく
人への様々な期待がそうじゃ

こうあってほしい、こうしてほしい
…ほしいという思い
かつてこの国では、今と違って自由ではなかった
その頃から連綿と続く思いの源は何じゃ

人は他人の意思では動かぬ
それぞれが、それぞれの主であり、
自由に生き方を選び、自由に考える。

全ての者が自由であり、それぞれが自分として生きる
だからして価値のある人生にできる

誰かが、今、これを見ている当人の人生を変えようと
あれこれしているとしよう
その通りにはならぬと怒り、愚痴り、毎日を費やすとしよう
さて、それは何が原因か

他人もまた自由と、その人を心から認めない限り
人を変えようとしてしまうからじゃ

人は変えられぬ
他人をまことに許容するのならば
たとえ、選択を間違った路に在るとしても、その自由を認めるのだ

相手の選択をまことに許容し、一人の人間として認める時
他人にあれこれと言う気持はなくなるだろう

そのとき、自身もまた一人の人間としての生き方を認めてもらえる

そういうものじゃ…
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