見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ラリマーブレスレット
DCIM0432.jpg

ラリマーブレスレット
三大ヒーリングストーンの1つ。凪いだ海の癒し



ラリマーは心を安定させ
不安を解消する石です。

穏やかで前向きな気持を取り戻すのに
良い石です。

このラリマーは茶色の斑点が入っています

うちで保管していたのですが
仕事したそうな感じになっていたので
ブレスにしました

見た目よりもこの石の個性を
気にいっていただける方に。

今回はマザーオブパールと合わせ
より優しいものになりました。

ラリマー10mm×1
ラリマー6mm×2
ラリマー4mm×4
クォーツ8mm×2
クォーツ6mm×2
ホワイトオニキス8mm×2
マザーオブパール6mm×6


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ニギハヤヒノミコト
いよいよの時、人は迎えるとどこかで知り、心は震える

日頃、おとなしい者ですら荒ぶり、落ち着かぬ様もあろう
頭で知らずとも、心や魂で知る変化の時は遠くはなく
だからこそ、未知なるなにかに心を揺らすのだ
その時が来れば、何のことであったのかを知り
逆に心は落ち着く
そして適切な行動をとれるだろう

変化を迎える時こそ、流れに翻弄されず
着地点がどこなのかをしっかり定めていれば
路に迷うこともなく、辿りつくことができる

たどり着くのは、流れの結果ではなく
はじめから己自身が決めてきた結果そのものになるだろう

人はえてして、結果を誰かや何かのせいにしたがるが
逃げれば逃げるほどにその負荷は重くなり、現象は強まる

はじめの一石で気がつくことができるのならばそれは幸い
最も影響が少ないうちに、進路を変えることができるはずよ

人の運命と決め、諦めるか
人の運命を知り、より多くを引き開くことを決めるかは人次第じゃ…

だが、力のあるものこそ、その苦労がやがて何倍にもなり
己自身の未来に恩栄を与えることを知る

苦難にあったとき、それは運命であっても
そこからどう生きぬくか、それを常に前向きに考えるよう
日頃から思考を整えておくことで
そのとき、それを生かすことが出来るだろう

人の輪、金銭、力、それらは道具に過ぎぬ
道具を使う者ありきじゃ

ニギハヤヒノミコト
きれいに生きることと、きちんと生きることの意味はまた異なるものぞ…

きれいに、きれいに、人に嫌われることもなく
人から良い人だと思われ、そして良い妻や母を行い
わだかまりも見ない、表面的な美しさのことぞ

自身に嘘をついては、いつしかその歪みは己の身を焼き尽くす
自身につく嘘は、他者はだませても己をだましきることはできぬもの
できたとすれば、そのときまことの意味で己の心身を失い
現実と夢の境目が分からぬ者となる

きちんと生きるとは、取り組まねばならぬことにフタをせず
痛みを伴ってもなお直視し、解決の心を持つことぞ
解決を否定し、なかったことにしても現世は変わらぬものじゃ
それがたとえ人に嫌われようとも己の心をつらぬくのが正しいことであれば、
自身の体も心も正常を保てる

人に嫌われるのがいやだと申すあまりに
全く別の方向へと怒りを向け、吐き出してもならぬだろう
結局は本質的に、見つめなければいけない問題から
逃げているに等しい

どこか歪みを感じるならば、深く己自身の声を聞き
欺瞞や嘘がなかったか、己に問うべきじゃ

怒りを発する時、はたしてその対象へのものなのか
あるいはすり替えによるものなのか、その判断を下せるのは
他の誰でもない
だからして、人の目を曇らせることなく生きよと申すのみ

数多の者は同じ場所に集えば
意見が異なるのはあって当然のこと
その意見を否定したり、なかったことにしても
事実は変わりはせぬ、遠吠えじゃ

きれいに生きるより、きちんと生きる者には
嘘も欺瞞も必要がないものだ
そもそも必要としないからこそ、自然体で生きられる
肩に背負う荷もなく、身軽に生きられる者こそ
まこと自由に、我らには見える

ニギハヤヒノミコト
さよう…
時として人は、他人の中に己自身の影を見る
だれか他の者を忌み嫌うのは、己自身の影がそこにあるからじゃ…

そこから何を見いだせるのか?
自身の足りぬ部分、痛みを覚えてもなお変えてゆかねばならぬ部分を探し
努力するのみぞ

己の中で、問題が片付けば、他の者へも優しく穏やかに在れるだろう

いかなる理由であれ、他の者への非難や攻撃を辞められぬものは
己の心中が荒れているからぞ

穏やかな心こそ人には望まれ、そうあるべくいるもの
心中が荒れているからこそ、
理由を挙げ、理由を探しては他人を攻撃するものじゃ

だが、その生き方に誤りという気持があれば
生き方を変えることができる
気がつけねば、獣と同じじゃ

低い波動の者は友を呼び、悪循環の中で生きる
まこと、人を非難して生きる者に幸福な者などおらぬ
それは道理じゃ

一歩ずつ進むは、人の性
それが高じて進むがための何かを探すとすれば、それもまた誤りじゃ
今の自分を見ずして、何を見ようというのかと問う

己からはじまった世界は、己に帰結する
輪は閉じ、その中から抜け出ることができぬようになっては
せっかくの生が無駄になる

己という位置を与えられたのならば
そこから広い世界へと目を向けることじゃ

目前の小さなことに囚われすぎて、何になろう

生きている限り、誰かがその者を見守る
目があることを否定してもはじまらぬ

天にも人にも恥じぬように、生きているのか?
己自身こそ、答えを知るものぞ

ニギハヤヒノミコト
広く広く世界はあるようで、その実
世界のすみずみまでを知らぬからこそ、広く感じるものぞ

もし知り尽くしていたのならば、世界はせまく感じるだろう
何事も等しく同じじゃ

知らぬからこそ、人は知りたがり、学びたがり
あるいは恐れ、あるいは夢見る

現実の中にない何かを取り入れようという欲もまた
1つの知りたい、経験したいという思いから成るもの

本質的に人は知りたがり、新しい何かを経験したがるものぞ
意識にはなくとも、人には多くの経験が必要
それこそが、人格を作り上げひいては魂を形づくる

多くの経験のうちには良いことも、辛いことも含まれるだろう
いずれも、本人が望まなければ訪れることはない
深層で受け入れているからこそ現実に起こるものなり

経験は経験として楽しんで受け入れ、乗り越える強さを持てば
困難でも本人には、単なる経験としてしか認識されず
易々と乗り越えてゆくだろう

強い者は、弱き者をかばい
その姿を持って知らしめなさい
言葉ではなく、その姿で良い
弱き者を笑ってもいけない
人はそれぞれが、それぞれの路の途上にあるからだ

心の中で言葉で非難してしまったと思うときこそ
改め、経験として学び先へ行くがよい
己に留めず、失敗に囚われぬこともまた肝要じゃ
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