見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ミカエル
人の心が明るい光を向くとき
心の中に希望が生まれる。

人であるゆえに落ち込むこともあるだろう
そのときは、明るい光の方へと向き続けることだ。

心に宿った希望はいつしか生きる力となり
歩みを進めるだろう。

私たちがどこにいても、あなた方を知るように
あなた方も自分を知る一歩を始めているのだ

希望という灯を持ち、歩き続けたその先には何が在るだろうか?
人の魂は常に、本来光に向くことを望んでいるのだから
心の意思を尊重すれば路を違えることはない。

私たちの持つ時は異なるが、
それでも、人の苦しみ、喜び、悲しみ、そして愛を見るにつれ
私たちはまだ人に関わり続けることができるだろう。
そうして在り続けてきたのだから。

人や自然と共に在り続けた私たちにとって
人の持つ苦しみは全て理解できるとは言わない

けれど普遍的な感情の中で
人が成長しつづけてきたことをよく知っている。

考えて、悩んで、その結果人は
私たちに近くなりつつあるのだよ。
いつしかきっと、そう私たちと誰もが会い、
語れる日まで見守り続けているよ。

頭であれこれと考えず
自分にとって心地よいとはなにか
日差しを浴びて考えると良い。

頭の中だけで結論付けていたことは
日差しの下では力を持たず、真実のみが残るだろう

日差しはね、そういう力を持つのだよ。
明るい時には外で考える時間を持つと
心に忠実に生きれるはずだ

闇の中で考えることは常に
マイナスに引かれてしまうからね。

大事なことは、そう、昼間の日差しの中で答えを出すことだ。

あなた方の成長を見るにつれ
私たちに残された時を思う。
見守れる期間の長さ、人にとっての時間を。

私たちは巡る、世界と自然と人とともに在り巡り続ける。
人が人であるが故に、私たちはこの存在として認識されつづけているのであるならば
私たちはいつしか同一のものとして理解できる時もくるだろう。

そのときまでそう遠くはない。

だから言おう
今の自分にとっての真実とはなにか、
自分の立ち位置を見失うことなく生きているか
自分に問いなさいとね


ミカエル

ニニギノミコト
ニニギノミコト人の闇を知る者ほど、他の者の闇に深く理解を示す。
でなくば、人の心など理解はできないだろう

この世界に足を踏み入れる者の多くは
困難な時期を経て試される

そこで終えてしまうか、立ち上がり
真に他者の痛みを知れる者になれるか
そのきわは、訪れるものぞ

それはそちにも粗銅用
立ち上がり、より広い視野を持ち得た今となっては
全ては遠く懐かしく感じるだろう
しかし、痛みを持つ他者の心を
無為にはできないはずだな

幸せに浸かって生きてきたものには泥地の中で生きるものの気持などわかるまい
だからこそ、自身が納得した上で
より深い困難を得、そこで学んだのだ。

どれをどう生かしてゆくか
もっとも苦境にある者に、必要な標を
渡し続けねばならぬだろう
業として行わずとも暮らしのなかで
自然と役回りが定められる

標を渡し、どうするのかはそのもの定めによりけりよ
救われる者は救われ、その苦しみの中で学ぶことを決めてきた魂は
心のどこかで拒絶するだろう

救われたいと言いつつも、行動で拒否してしまうものは
それが故じゃ
その者にとって必要な試みなのだな
その差を見極めればよりよいものとなるだろう

言葉では言えぬやもしれぬ
だが、確かな答えを持つことで展望は伝えられる

この先々はこれまでのどんなときよりも明るく軽く
歩みは進むだろう
どこかで歩みが止まるのではと案ずることはない

正しく、やり切ったからこそ今の安住があるんだぞ?

はっはっは…

最近の霊事情
実は最近、さっぱり霊に遭遇しません…

とはいえ、鑑定では時に見かけますが
仕事関係の場所、そして自宅近辺などなど全然遭遇しません。
なので、書くこともなくなりました。

一時は私の霊感無くなったの?と思う程、遭遇せずにいましたが
感はやたらに働くようで、
普段の仕事でこっそり生かしています…

思えば、そっち方面にはべらぼうに強い吉さんだとか
サリエルのおかげだったのかもしれませんが
一番怪しいなと思うのは今の会社に入ったことな気がします。

かなりの神田マニアの会社で、ここはいつもあの神社に見守られてると
本当に深く感じることが多いのです。

とくに社長が一番強く影響を感じるのですが
やはり性格は激しい部分があります。
穏やかさと激しさが同居しているのですが、
オーラはきれいな濃い紫色。
本来は黄色とオレンジが強かった感じもしますが…

この人と合わない人は、会社からすぐにいなくなります。
やはり場所に合わないのかなとは思います。

すっかりオバケには縁遠くなりましたが、
今度は妖怪でも遭遇しないかなと思ってます。笑

ニニギノミコト
さてさて、日の本の国の在り様について
真に考えることはあるか?

このまま結局は同じく変わるまいと
思っているのではないか?

目に映るものばかりが真実ではないものぞ
見えずとも良いのだ
確かに変化の兆しをつかむ者は多くあるだろう
だがしかし、人が変わらずとて変化はあり得ぬ

古い古い国の時代から人は少しずつ変化を進め
全体の総意としてここまでの意識の進化をしてきた
体の進化ではなく、心や魂の進化とは
それは見えはせぬ
だが、確かにそこに在る

自身の魂が暗闇に落ちていると感じ
自分自身を深く評価する者であっても
事実、魂はそうではないものだ

自覚なくして生きるもの、自覚あって己の位置に嘆くもの
どちらにも同じ時は訪れるものだ

颯爽として時代を生きぬき、経験値を上げ
目を見据えることができれば
何があっても己を不要と嘆くことはなかろう
周囲や環境に惑わされず生きぬくこと
生きぬく術を知っているからだ

不運、不幸を口にする者ほど自分以外の他者に己を委ねているのだけぞ

自分の今は他のだれでもなく
自分に原因がある
そして自分こそが責任を取れる

その日々の中で強く育つものだ

人のせいと口にする者ほど依存心が強く
そこから抜け出ることが難しい

あらゆる結果は己自身に原因があると
心に深く知る者は
苦境においても口も文句も出ぬ

さよう、そういう者ほど
手を差し伸べたいと思うが道理じゃ…

ニニギノミコト
さよう、人の心は分からぬ
外からは見えはせぬものよ

ただ心はその者の周囲に現れ
他の者はその身に触れるとき
なんとなく察知するものだ
古代より人が持つ能力は消え失せてはおらぬ
感情という衣は隠せはせぬ

人として、なぜか心が落ち着かぬ
騒がしい、揺れる…
その者の感情に触れておるやも知れぬぞ

逆に一緒におって心が落ち着くのならば
相手の感情も平で落ち着いているというものじゃ

人の言葉はまがいものも多いが
心や感情は隠せぬように
感情はその者の周囲に現出し
他の者の心に感化しゆく
だからこそ、言葉の正誤に関係なく
共に在れる人を、人は選ぶのだ

恨みつらみの多いmのほど
己の中の感情に目が届かぬ
さような者は捨て置くほかなかろう

自身に目をやり、人に目をやり
調和して生きる者は
この時代を経ても共に在れよう

調和して生きることが叶わぬ者は
次の時代で共に在れることはできぬ

次の時代は何か?と はっはっは…

身を持って経験をしたいがゆえに
そこにいるのだろう、ぬしは…

はっはっは…

ニニギノミコト
心温まる話こそ、人の好むところであろうが
人がなぜ、そのようなものを求むるのか考えたことはあるか?

人が求めるのは人にほかならぬ
繋がりなくして、何も生まれぬと知っているからこそ
奇跡的な話を求め、再確認する

に、自身のことはその他であると位置づけ
何も起こらぬと信じている

人が自身の持つ力を信じれば
一人ひとりがみな体現できる存在であるに
それすらもなかなか信じようとはせぬものだ

信じずとも良いのだ
誰かが己以外のものに何かをしようと立ち上がったとき
すでに一人ではなく、数多の意思がそこにある

全ては何かをしてみようとしう意思から物事ははじまり
目に映るようになるものぞ

人は人でしかないと思うか?
いや、そうではなかろう
人は人以上の魂を持つ
だからこそ、可能性がある

周りに対して嘆くより
まずは自らが立ち上がって変えようと行動してみよ
結果ではなく、行為そのものが必要ぞ

水面に放った石が水紋を広げるように、
そこには物事を起こした痕跡が残る

多く多く残せ
いずれは結果となる

自らが立ち上がるそのときこそ
自分を変えてゆくものになるだろう

まだまだ可能性はあるというに
何も早々にあきらめることはない

一人の持つ力を確かめれば良いだろう
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