見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ありがとうございました
本年も一年の間、たくさんの鑑定依頼をいただきまして
本当にありがとうございました。

年内の受付は22日をもって終了させていただきましたが、
来年の6日以降にお返事をして、10日以降に鑑定開始する予定です。

今年は私にとっても大きな変化があり
思ったよりも軽々と波に乗れていたな〜と思う一年になりました。

たくさんの心安らぐ人に囲まれて
とても穏やかな場所で過ごしています。
たとえ忙しくても、気持が疲れることはないので
あきれるほど元気で仕事をこなしています。笑

多忙のため、健康に気をつけてというお便りもいただきますが
健康診断は超即で終わりになるぐらい健康体でした!
アレルギーもすっかり陰をひそめて、
こっそりエビでも卵でもときどき食べてます。

良い一年でした。

皆様の次の年も良い一年でありますように

ニギハヤヒノミコト
陽の落ちる様を見て、人は何を感じるのおか
その日一日を終えた喜び、感謝か
あるいは明日への希望なのか、あるいは疲れか

夕の光は心を鎮め、夜、己のうちで
さまざまな出来事を見直す灯火となる

夕の光に出会ったとき、心に浮かんだ感情そのものが
今のその者の状態なのぞ

一日の終わりを夕の光で迎えるように
時として一つの節目を終える時にも
人の内には振り返り考える時が必要となるだろう

がしかし、節目節目に人生を区切って生きる意味を知らぬとき
その節目も意味を持たぬ

節目は終わりであり、はじめの時となる
締めくくりに描いた感情そのものこそ
今の自身であるならば
次の節目をどう生きてゆくか、考えることができる

考えて、考えて
次へと足を踏み出すことが、また成長に繋がるように
考えることには意義がある

心の中に浮かんだ感情は現実をも変えてしまうように

身軽となり、歩いてゆけ

ニギハヤヒノミコト
くる日もくる日も同じように来るとは限らぬ
明日があると思うからこそ、今日足りぬと思うものもあり
明日を生きる力にするものもある

その日、一日限りと思えば足りぬものはなく
限られた時にもっとも深く意義ある行いを取れるだろう

その限りある日の連なりこそが、人の持つ時間であるというに
人はなかなか気づくことができぬものよ

忙しい時の中でも己を見失わずにいられるは
その時に呑まれるように生きているときですら
どこかで己の本慨を知っているからに過ぎぬ

生きてすべきことは、頭で考えるものではない
心が導く場所へいずれ人はたどり着く
精神世界に留まらず、結果は現れる
現実を生ききれぬものが見えぬ世界に関心を持つようであってはならぬ

現世という与えられた場所と、与えられた己という存在を生かし切ってこそ
次の扉が開く
現世は厳しかろう
物がなければ物に苦労し、
物があれば心が追いつかぬ
心の中に闇を持つ者は、どれほど多いものか

現世で人が生きる期間はそれぞれに意味を持ち
すでに古い枠の中で生きられぬ者も多い
現世での学びを終えようとするものも多くあろう

その姿は一人ぞ
一人で立ち、現世を生き切る強さこそが
もう現世という枠から抜け出でているように見えるもの
苦労すれば魂は磨かれるというが、そうではない
屈折し、再びやり直さねばならぬものもまた多い

この時ぞ
今は知り得ぬ、現世の1つの時である今こそが
次の大きな段階のすぐ手前にあるのだ

気がつかずともそう在れる者
聞かされようとも貶めることしか知らぬ者
特別な物事はいらぬ、精神世界の本なぞ不要ぞ

毎日の生き方こそが問われているのだぞ

ニギハヤヒノミコト
静かにこの日々を振り返れば
己の得た物の価値が分かる

価値あるものとは、己に充実感を与え
成長させる糧となるものだ

苦労してもなお、振り返る価値のあるものよ
静かに一年を振り返るとよい…

区切り毎に、節目としての見直しをするのは
次の区切りをまた有意義に生き切るためぞ

時間は長いようで短く
人は常に足りぬと申すもの

ならばなぜそのときを大切にしようという意思がないのか
それぞれに心当たりもあろう

過ぎる時はただ過ぎるのではなく
使うものぞ

天使
※いつ受け取ったのかさっぱり記憶にない天使のメッセージが
 手紙箱からぽろっと出てきました…
 いつのだろう…



自分の中に強い自分を築きなさい

性格?気が強いなどではないよ
そう、貴方の心の中に自分の核となる部分を
大きく大きく育ててほしい

何の影響も及ぼさず、揺るがず
大樹のように根を張って生きなさい
そこから多くの物を吸収できるように

自分に肯定的であればあるほど
何も貴方を傷つけることはできないだろう

それが貴方自身にとって
何よりもお守りとなるのかもしれないね

いわば貴方を護るというのは
言い換えれば貴方を傷つける者の存在ありきだからね
貴方は安全で、強い

そう、自分に言い聞かせてごらん
意識が変われば、本当に変わるものなんだよ

カンダライン2
カンダラインの存在に気がついてからというもの、
なにかあれば神棚に報告したり、感謝したりという日を送っていました。

しかしながら、どうしてもこれだけは力を借りないとならない…
そんな案件に巡り会ってしまったとき、真剣に願ったのです。
「どうかこれだけは力を貸してください」と。

すると、なつかしの声
「ん」

ちょっと威厳があるけれど、なんとなくリズム感のある渋い声
吉さん〜〜〜!!

「しばらくの間、力を貸してやろう」

きたわ〜!

カンダラインを通ってきちゃった…
これまで直接いかないとダメだったのに、ここは直通。笑

しかし、自分のお願い案件だけで来たというのは
なんとなく違和感もあったのです。

1週間立たないうちに、その理由も現実の中に浮上してきました。

狛犬さんが好きだった女性を見送るお仕事を
吉さんは担ってくれたのです。

一人の人を先導して明るい光の指す場所へ誘い、
高みにいけるように見つめるその姿。

これは自分の目でみた人でないとわからないと思うのですが
言葉にならない感動がありました。

神様が彼女を大事に思ったから、わざわざ狛犬さんのお使いをくださったんでしょう。

カンダライン
色々とご無沙汰中ですが、なぜか鑑定依頼だけは途切れることがなく…
本当にありがとうございます。

私は、というと仕事は大変忙しいのですが
そのペースにも慣れ、
「ホント、元気だよね」と日々言われてる始末です。
なんでそんなに元気なのと言われましても。

しかし、これから大きな仕事
1本で1000万に届く案件も動くので、また年末は残業かも。笑


 * * *


現在の仕事場はとても鎮守様と縁の深い会社で
空気感が違います。
オフィスのフロア全体どこでも神棚が見えるし、
オーナー自体も神社と縁の深い人。
なので、オフィスそのものがまるっと結界に入ってるかのような綺麗さがあります。

仕事に集中して無心になると
いろんな思いがすっと入ってきたり、届くのが普通かと思ってましたが
この会社にいると、遮断されているかのようになにもない。

…私にはこの仕事場自体が居心地いいんだな…と気がつきました。

それから、どうも神棚から覗かれてるような気配がふとする時があります。笑

先日のこと。

思いはその種類によって、届く場所が違うのですが
私の場合、心配/不安/混乱などは腰で受け取ります。
墓穴を掘ってヤライコッチャになった人が身近にいたため
…一日腰がコルセットにはめられたかのよう…

なんとなく、神棚に向かって
「仕事がはかどらないので、この思いを処分してください」と試しに言ってみたところ!

30秒ほど立った時、すーっと消えて行きました。
かかった時間も30秒ぐらいでしょうか。

え?まさかと思ってみたものの
さっきまでのセメント袋のような重さはまったくない。
席を立って、腰を動かしてみてもなんともない…
そっくりなくなってしまいました。

じーっと神棚を見ているとやっぱりそう。
オフィスが神棚経由で、神社と電話線ができてるような感じ。

友人によって「カンダライン」と名付けられました。笑

そのカンダライン、なんと吉さんも移動できることが判明し
だんだんと面白い展開になってきています。

ニギハヤヒノミコト
陽は去りて、夜の闇のうちに己の内を明るく照らすは
ただその者の志のみ

希望は他より放たれる光の中にはなく
己自身の内より出でて
そこに在るもの

然り
個人の「生きる」という言葉は
ただ漫然と生きるということではあるまい

そこに目標や目的が無くば
ただの生くる人形にほかならぬ

心の内に目標を持つ者は強くしなやかで
力を加えてもそうそうに折れはせぬものぞ

たやすく折れるは、見た目だけは強くあっても
柔軟ではなかったということよ
柔軟さは人を曲げはせぬ
あらゆる学びの機会に、己に新しい概念や気付きを取り入れ
人を排除もしない
それが本物の強さなのだろう

頑固さは時に強くも見えるが
それははりぼてに過ぎぬ

しなやかな心を育てるには、謙虚であるしかあるまい
人を見習い、己を振り返り
“私が、私が”と言わずに謙虚でいる者のことよ

何かを受け入れようとする心、それが
我らのような存在に時に
我らの意思や心を届けることができるかもしれぬと、
そう思うものよ

ニギハヤヒノミコト
これらの日々、振り返れば
いかに己にとって意義あるものであったか
よく理解できるだろう

人の生を通して、心と体にしみ込むような
大きな体験をしたのならば
それは即ち、心や魂からの声に応えたものなのだ

心や魂の声に応うれば、現世に現れるは
時に人との縁、ときに困難、ときに喜びを伴った経験となる

経験を通じて、自身の生、一生に影響を投げかける時
人は運命と呼ぶやも知れぬ

全ては過ぎ去り、新たな目で見渡せるようになってはじめて
見つけ出せるものぞ
生きている間とは限らぬ
死して尚、理解できぬ魂はごまんといるように
正しく理解ができぬとき、あらゆる運命の輪は違う方向に回り続けてしまうものだ

己の希望、努力を傾ける方向通りに
事象がうまく動いてゆくものなら
その思いは正しく動いているという証そのもの

思いや考えが正しくなければそれは即ち
現世での個人の現実に反映され
うまくはゆかぬ、と思いをつのらせるだろう

心のありようじゃ

心の有り様、向き方一つで
現実が変わるとはまさにこのことゆえぞ

己の目の前の壁につきあたったとき
その考え、思考が整っているか
自分本位に過ぎぬか、
よくよく確かめるのもまた自立であろう
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