見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

コノハナサクヤ姫
ほーっほほほ

世の乱れ、それぞれの者の心に乱れを生じさせ
そして社会へと反映され、循環しゆくものじゃ

それぞれの民族、国で様相が異なるは
住まう人々とその土地に循環する思いが異なり
力が異なるからこそ、
違った作用として生まれ現実に現れる

それを個人の生き方で言うならば
その者の心に奥底にこそ、
隠された真の意思があり、
意思は感情を産み、現実にする。

その者の生きる様を見ればよいのじゃ
ほがらかに人生を生き抜く者
うまくゆかぬことを他者のせいにし、恨みを持つ者
そして誰かが何かをしてくれるのを待っている者点
数多とおるじゃろうて…ほほほ

人を信頼する鍵は、言の葉ではない
いくらでもまがい物で取り繕えるものではないぞ
どう、生きているかそのものに尽きる

生き方の深い奥にはその者の魂があり
その魂から現実に至る間に感情があるのだ

感情を扱いきれぬ時、現実もまた
扱いを知らぬ者となる

自らの感情を常に眺め
その先の方向がどこに向いているのか確かめることじゃ

うまくはゆかぬと、しまい込んだ深く強い感情が
今を留めるときもある。

しまい込んだ思いを取り出し、日の光に晒してみよ
自分という姿を偽りなく見せることができるならば
数多の存在もまた、手を貸しやすい状態であるだろう
感情に囚われぬこと
それが軽やかにっ済む秘訣であるやもしれぬな

2つに分かれた人の世、一緒に混在していられるのは
いつまでであろうの…ほほほ

今週の出来事
今週は本当に…なんというか
いろんな場面で、いろんな方向に物事がトントン拍子というか
あまりに連続すぎてビックリしました。

突然、仕事が途切れて急に休暇が取れた日
そろそろステップアップの転職のため仕事を探しに行くか
あるいは神社へお守りを返しにいくか悩んだ末
神社へいくことにしたのです。
昨年のお正月に買ったお守り、三ヶ月も期限切れ。笑

結局神社へいくことにし、降りた駅でバッタリ出会ったのは
人材紹介の会社へ転職した知人!
もちろん、転職の話をしてお願いしました。

しかも、その偶然について話をしていたところ
「うちの会社でデザイナー探しているよ」という連絡をさらに頂戴しました…

そして、自宅に帰ってよくよく調べてみると
お守りを購入したのはお正月ではなくて、前の年の3月
ちょうど桜が満開の日でした。
今年も偶然、満開の日に行けてしまったわけですが…

ここで終わりません。
大分あるので省略しますが、本日の出来事


今日出社するなり、ほかの会社へ一日出向を命じられ
いったこともない土地へと出発しました。

行きはよくても、帰りが…
夜道になると道がわかりにくく、絶対ここを通過したと自信があったのに
なぜか違う路に…。
しかも22時を過ぎていて、人もいなければ車一台通過しません。
駅までの道を人に聞こうと思ってるのにいない…
とりあえず、交差点を渡ってみたら
そこから1mと離れてない民家から人が出てきて、駅まで案内してくれたり

駅から上り電車に乗るつもりが、うっかり下りに乗ってしまっていて
あわてて路線検索…すると…
実は自宅へ戻るには、下り電車で一回千葉に出てから移動すると
半分の距離だったことに気がついたり。

ついでに迷った土地の地図を見てみたら
行きで苦手と感じた葬儀場のところを迂回するように道に迷ったようで
そこだけ回避していました。

まあ、これは一例なのですが
ここまで続くと偶然じゃないのでは?と思うようなことが続き
メモしきれなくなってきました。

見えない人にお礼を言うと「どういたしまして」という返事がくるので
なんか手伝ってくれてる感じもするんですけどね…

コノハナサクヤ姫
ほーっほほほ

さて、生きる中のこと様々な行事らは
全て、生きる時に区切りをつけ、時の中で暮らすための
方便やも知れぬな…

人にあっては、それが必要であったりするものぞ
人にとって長い時を区切って生きることで
その時々の目標を持ち、今後をどう生きるか定めることができる

なくしても、生きる道を知るものは
ひたすらに己の路を究めるだろうの…

生きる時間を区切り、めりはりをつけることで
穏やかな時も、忙しい時も、幸福な時も皆
経験として記憶に残り刻まれる。

それぞれがどのような経験を持つものか
自らしか本当はところは分からぬであろうの…

人が目標や生きる目的を見つけられぬとき
時間は長過ぎるようにも思えるものじゃ

ならば、何かを待って生きる時
他に目標を見つけ
その時を有益に過ごすことで
充実した己の生をみつけることができるはずよの

ただ生きているのか
生ききっているのかの違いはそこにある

生ききった者の後悔は常に
まだできたはず、まだやりたかったという前向きさじゃ
それは次の目標に生かされる

生きる時を浪費するとき
やればよかったのだという後悔があり
そこには次の段階は見えてこぬ

生ききって、今を使えばよい
更なる次が、その先に見えてくるものじゃ…

ほーっほほほ

ブレスのご案内
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レピドライトは自分自身の内観を進め
そして改革していく人の支えになる石です。

その推進力になるように
動きを入れるファントムアメジストを2つ
メインに入れてみました。

写真では分かりにくいのですが
「く」の字形の縞模様が素敵です。

春は新しいことにチャレンジしたくなりますよね

資格試験でしょうか?
転職でしょうか?
あるいは婚活でしょうか?

真摯に頑張り、もうすこし脱皮したい
今の状況を変えて行こうという気持のときには
ちょうどいいブレスです。

発送ですが、メール便かレターパックを予定しています。




【ご購入の流れ】
カートで購入していただきますと、自動返信でメールが届きます。
 ▼
メールにある口座へご入金/確認次第、発送となります。
(メール便80円、レターパック500円)+商品代
 ▼
発送後、メール便およびレターパックの追跡番号をお知らせします。
 ▼
到着

よろしくおねがいします。ペコリ



会場はコチラです。


※今回はゴム仕様です。
※女性用
※寄付対象商品ではありません

コノハナサクヤ姫
ほーっほほほ

人の生くる道の果てには何があるのか

今だけに注視しすぎても、過去に囚われていても
あるいは無謀なほどに先のことを考えすぎるのも
また一つの状態とするならば
その全ての先というのは
今の自身の足元にあるものぞ?

足元がどうなっておるのか
その位置は正しく、また行きたいと思う方へ
足元は向いているか?
今の状態の延長に未来があるとするならば
なぜ、人の子らは今の自身を大切にせずに
先々を想うのかと問うぞ?

先が見えぬと申す者あれば
その答えを知る者もいる。
だが、その先そのものすら、決定されたものとして
変える気持がないのであるならば
水が流れるように、その位置、その未来にたどり着くもの。

諦めとは本人の心の中でどういう過程を経てでた感情であろうか
自ら分析すればわかることよ

人は可能性の中に生き
可能性を試す者として存在するものよ。
その可能性と自らで否定しては
その先に何が生まれよう

他の者のせいにし、己を振り返らない者もまた同じじゃ
自らには歩める足がある
その事実こそが重く
ほかの誰のせいにしてもならぬものよ

真の意味で心の準備ができている者にとっては
困難な道も行けるだろう
どんなに言葉を尽くしたとて、心にその火が灯らぬ限り
人は動かぬものじゃ

火は自らが灯すもの
自らの生きる道は、その火が照らすのじゃ

ほーっほほほ

ふがいないお知らせ
先日、知人に誘われてFaceBookをはじめてみました。
が、

全然使ってないプロバイダーのアドレス帳やら送信・受信履歴を拾い
FBのお知らせを送信しちまったようです。

FBってこんな仕組みなんですね。ビックリ
特にiphoneユーザーなんて、自分の携帯と同期するもんだから
もっと沢山の人にスパムメールを送れる仕様になってる様子…

セッションでどうしてもメールが送れない場合
たま〜にそのアドレスを使っていたことがあります。

もしかしたら、届いちゃってる可能性があるのですが
すみません。
無視してやってください。

本当に申し訳なく思っています。
お許しを〜

※鑑定用のアドレスはほかでは一切使用していませんので、ご安心ください

コノハナサクヤ姫
ほーっほほほ

人はの、自分自身が見えておれば
無駄な諍いを持つことはない
摩擦、行き違い…
多くは本人の内にある深々とした感情に抵触し
その感情が出てくる

同じ状況にあっても、何も思わぬ者
過敏に反応する物がおるは、それが故じゃの…

己の内にどんな性質があるか
自身を点検し探してみるうちに
知らぬ自分というものに気づくだろう

凝り固まったその傷、感情を正面から見つめ、
捨ててしまえば良い
生きることそのものが楽になるとはそのことじゃ

どこへ行っても人と人の間で問題を抱えてしまう者は
そろそろ、自身の問題に気づかねばならぬだろう
気がつかぬというのは真に不幸じゃの…

人を信じることが出来ず、疑心暗鬼で暮らす様は
都会であっても、山村奥深くで暮らすも同じじゃ

互いを個として認め合い
互いをいたわり、守る…その気持あって
人は長らえてきたものじゃ

容易に人と人が繋がる時代になったとはいえ
人の内までは変わりはせぬ
どんなに時が立っても、かわらぬものよ

自らの意思で変わるという意欲を持つときほど
自分の姿を客観的に見られるものじゃ
自身に可を与えられるか、否か。
厳しい目で見ておけば、早々に間違いはせぬ

人らが互いに生かし合い、生きているという事実そのものが
貴重な時なのぞ

人を生かすとは何であるのか
答えそのものを行動せ示す人こそ
尊いと感じるはずじゃ…

ほーっほほほ

ミカエル
貴方方がいつも見落としてしまうものですら
私たちにはよく見えていることがあるのだよ

どんな時であれ、状況であれ、
最悪と思える徳でさえ
人の周りにはいつも誰かの善意があるように。

今、困っていたり、悩んでいたりするかもしれない
その自分自身を支えて、助けてくれ、育ててくれた人がいなければ
困るという意識を持つ存在にすら成り得なかった
奇跡と確率の下で、今ここにいることを思い出せば
足りないものに目を向ける必要はない。
分かるだろう?

在るものに気がつけば幸せが増える
それが人を幸福にさせるのなら、
もっと同じことが多く起こりうるだろう

人と私たちは違いすぎるかもしれない。
ただ、私たちは本当に多くの人の生き方を見てきたから言える

自分の中に幸福を感じていられる人ほど
輝いてみえるのだとね。


ミカエル

お別れ
2月に入ったある日の早朝
朝、4時か5時ぐらいだったでしょうか。

2日続けて、訪問者がやってきたのです。
神界っぽくもないし、天使系でもない
なんだろうと思っていましたが、悪いものではないというのはすぐ理解できましたし
私に用事があったのではなく
むしろ、うちの見えない人に用事があったようだったので
そのままにしていたのです。

それは自分の誕生日の前日と、前々日のことだったため
記憶に残っていました。

ところが、今日、友人の告別式で
その日に亡くなっており
家族での密葬は済んでいることを知りました。
告別式は大分後になったようなのですね。

そこでやっと「ああ、そういえば」と思い出したのです。

友人は来ていました。
壇上の右奥に手を前で組んだ姿で立っていました。
黒い服をきていたので、もうお別れの自覚があったのでしょう。

呼びかけると
不思議そうな顔でそろそろと近づいてきましたが
どこから発せられた声なのか、すぐに分からなかったようです。
近くまで来て声をもう一回かけるとやっと話ができました。

みんなが悲しんでいるのが悲しいのだと。
お父さんとお母さんに私を忘れないでと言ってほしい。

もうすぐ行かなくていけないことを知ってるんでしょう。
お別れの自覚もあったし、全く悪い状態ではないのに
あまりにみんなが悲しむのが悲しいと。

一緒に泣きそうな感じで参列していました。

たぶん、もうすぐサンダルフォンがお見送りにいくからね。
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