見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

天之御中主神
ほっほっほ。

日は沈み、その夜更けに人は自身を見つけるときとなる。
その日一日起こったこと、成したこと全て
あるいは己の生き方について
深く考えられる時間となろう。

日が登り、人が社会で行動する時間には
人の意識は外へ外へと向かい
己の内側に思いをはせる時ではなくなる

振り返り、考察するにはゆっくりと夜に
一人の時間を持つのが良いだろうの…

その時間に考えたことは積み重ねとなり
いつしか自身の資産となる。

凝り固まった思いを繰り返し繰り返すのではなく
建設的にどうしてゆくかと考えれば
積み重ねは財産ともなろうがしかし
己の心のつぶやき、愚痴、不満を
吐き出すだけであっては
貴重な積み重ねにはならぬぞ

何をどう考えてゆくのかが、その後の行動に繋がるものぞ
己自身の思考に注意を払えとは
そのことであろうな

人は建設的な思考から行動し
現実に働きかけることができる
現世に体なくしてはできぬことぞ。
現世にあってこそ、できる学びも多かろう

何がない、できないという不満ではなく
建設的な思いを日々するよう
心がけることじゃな…

ほっほっほ。

ただいま、遅延中
お知らせです。

軽〜いけれど、ゆる〜い風邪をすでに一週間ほど引いております。
鑑定はゆるゆるペースでやっておりますので
いましばらくお待ちくださいね。

し、しかし。
一番大変なのは会社のお仕事。

社内の人間は半分以上がダルそうにしています。
インフルエンザ、ノロ、普通の風邪ひきさんと
一気に大流行中でした。
明らかに、マズい感じ。
制作の部署では、自分しか出社してなかった日もありました…

皆さんもどうぞ、お気をつけて。


さて、そんなゆる風邪ライフですが、頑張るのをやめました。
毎日、食事をつくるのも
お弁当をつくるのも、
マメに掃除するのもパスパス!
そんなことで死にはしないから問題なし。

せっかく風邪引いたんですから、後ろめたい気持なしでのんびりしないと!

と、いうことで
2回も「96時間 リベンジ」を見ました…
リーアム・ニーソンの無敵っぷりを心から堪能してきましたよ。笑
これはシリーズ2作目にあたる映画なのですが、
テンポが早いので、油断していると重要な台詞を見逃します。

1作目
「キム、おまえはこれから誘拐される」
2作目では、両親が誘拐されるはめになります…

ホントにあっという間に見終わる一作でした。
続きを待ち望んでいます。

天之御中主神
ほっほっほ。

人はの、なかなか自らの姿には気づけぬものぞ
我こそが正しいと思うておる姿は、
果たして、真実、正しき姿なのか…

正しい、正しくないと2つに分けられるものでもないが
人は弱さゆえ、己が持ちうる弱さや
克服しなければならぬ点を見てみぬふりしてしまうものじゃな

この抑圧は他者への批判であり、
他者への裏切られ感として受け止められる。

本当の意味で他者が己を裏切ったことがあったのか?
つきつめて考えてみると、そこには双方が関係しているのではなく
己自身の中にあった問題ということが分かるものだ

他者への期待
期待通りにはしてくれぬと、裏切られた思いを持つに至るものぞ

真実はいかなるものであったのか
しがらみのない、曇らぬ眼で問題を再認識するとき
いろいろな問いは解けるものだ

人は天に願い(の結果)を乞うだろう
だが、その願いすら人にはそもそも己で乗り越えられる力を持つものぞ
それにそっと手をかけ、
容易に進むようにしてやることもあるだろう

人が正しい眼で事象を眺め
問いの本質を見いだすようになれば
願いを乞わずとも
人は人で困難を乗り切るものよの

そのような時はいつか来る
いつかと申しても、そうそう遠すぎる先でもなかろうの…

自分という存在を正しく見るは
真に重要な段階にあるものじゃ…

本来の己とは何であったのか?
人とは?
魂とは?
何であったのかじゃ…

答えを個々が持てるようになったとき、世に浸透した精神世界の理も流行も
不要となるだろう…ほっほっほ

特別なものでなく、一人ひとりが解を持つのは
ごく自然ななりゆきであり、
そもそも人はそうできる存在だったのだとの…

ほっほっほ。

おば天速報
新番組がそろそろスタートしだしましたが…
「信長のシェフ」、ご存知でしょうか?

何気なく第一話を録画し、見ていたときのことです。

私「あれ?おば天ちゃんの好きなミッチー出てるよ?」

もう、ガン見してました…
真剣に見てますね、これは。

お「だから、いい男だって言ったじゃない〜」(注:扮装が良かったので)

私「ちょっと!笑」

これから最終話まで録画してあげようと思います。
まあ、親孝行的な感じで。笑

ミッチーもびっくりですね、これは。

私「 (>▽<)きゃー♪、サインください!うちの守護霊がファンなんですぅ」みたいな。

天之御中主神
ほっほっほ。

物事は収まるところに収まり
人はそれぞれの結末を手にする。
その結末を見て、それまでの己を知り
反省すべきところはなかったか
改めるところはなかったのと自問し、
少しずつ己を変え行くことができる機会となる。

執念と言うは、その者の心を支配し
理性としてある人の考える力を奪いとるものぞ

考える力なくしては人は
己の感情に振り回されるばかり。

特に自身を見返す習慣を持たぬものに
それは多く訪れる。

自分というものについて深く考え、悩むものは
自分を理解できる存在なのですぞ…

悩みを持つことは、その者自身が
己を見返ることのできる者という証
自分を大いに認め、悩み、答えを持つがよろしい

どんな苦境に在れ、己を知ることのできる者こそ
強い者はなかろうて…

さてさて…
今年は人の運気にもようやっと振り分けの結果が
はっきりと目に見えてくるものであろうの…

人は知れずに運気に下で生きるものだが
己を知る者にとっては、
それはただの環境でしかないものぞ

どこでどう生きておっても
環境で己を変えることはない
強いものとは力を持つものではないのだ

己の本質を知り、己に忠実に生き、
そして謙虚であることだろうの…

ほっほっほ…

お休み開け。
昨年は多くのご依頼をいただきまして、ありがとうございました。
本年もでき得る限り、お力になれればと思います。
よろしくお願いいたします。

さて…

お正月休み、9連休を取ったわけですが。笑
今年ほど楽しいお正月はありませんでした。

甥っ子は、ちょっと目を離した隙に
びっくりするほど成長しており、かわゆいこと〜

ついつい新しいお洋服に、おもちゃにと散財しまくりました。

なんでもマネする甥っ子に、
コーヒーを飲んだあと「ぷは〜」とうまそうにやってみせ
その仕草をこっそりと仕込みました。
なにか飲むたびに「ぷは〜」。

しっかりと覚えましたよ!

ところがうちの母親もまったく同じことを教えていたらしく
妹は「うちの親が変なことを教えちゃった…」とこぼしてましたけどね。

ごめん、私も仕込んでた…

今、甥っ子は牛乳を飲んでは「ぷは〜」と毎日やっています…。


ほんの数ヶ月で随分成長する甥っ子に

「毎日、いろんな事を覚えて成長していく時期だから
 今、仕事をはじめて子供から離れるのは勿体ない気がする。
 ホントに毎日、変化があるんだよ
 見届けたいよ」

と子育てに専念する妹の考え方に共感です。
まあ、いろんな考え方があるので正解も不正解もあるわけではありませんが。

天之御中主神
ほっほっほ。

人の世の賑わい、天の主らまで届くであろうの…

時というは、ときとして人の生にかかわる物事を正し
仕切り直す節目として、有益に働くものぞ

年のはじめに人は心を新しくする
それが最も重要で、人には欠かせぬ物となろうの

節目毎に自分を見つめ、振り返り
この先々、どう生きるかはっきりと明るみに引き出すことで
この長いようで短い生にめりはりをつけて
生きることができる

節目なくして延々と続く生き方は
膿み、滞るだろう

節目に生き方を変える者もいるだろうの…
新しい時間を持つことを選択した者たちは
新しい未来を心に持ち、そうあるべく生きるだろう

節目として心の中に新しく自身の生きる道を定めるにはよい時ぞ

同じようで同じ時は二度とはこぬものよ
失われた時間が巻き戻ることはなく、
未来という真っ白な道があるばかり
そこに何を持ってくるのか、
人それぞれに生きるがよい

あれがよい、これがよいと世間で言われることは
世間のことよ
己自身が何をするのか、それが欠けては意味のないものよ…

自分自身が生きているという実感の中
心穏やかに生を送ることでようやっと
人のことを正しく見直すときがやってくるものぞ

一人ひとりの新しい希望、展望こそが
この土地の行く末を担う
個人的な未来こそが、広く深く
皆々の生きる路をも担うことを忘れるなかれ

気持を正すこと
生きる道を見定め、一歩でも進む事ぞ…


ほっほっほ…

天之御中主神
ほっほっほ。

人というはの…それぞれが見いだすもの、心に宿す希望が
それぞれにとっての道を示す標となる
皆がみな違って当然よの…

心に宿した興味、関心はやがて未来の明確な地図となり
その者の人生を描いてゆく標として
その先の未来へと誘うものだろう

最初になぜ、関心を持ったのか?
心惹かれたのか
理屈では答えることができぬものよ
その中から、己自身を成長させる過程を引き出し
先へ先へと進んでゆくときに道ができる

道はあってなきものよ
先へ進もうとする意欲がその先の道をつくる
希望があれど進まぬことを選択すれば
それは選択の結果としてそのまま残るのみ

多くの者が心に宿す希望
興味、関心…
それらがこの先を切り開く種となる
種が芽を出し、育ち切るまでは
己を育てる期間と思い、気長に努力を重ねることが必要であろうな

いつ、どこにいても
人には希望を持つ力、
そこから進む力が皆等しく与えられている

今、心に何があるのか見極めて
最初の一歩を踏み出してみることじゃの…

踏み出した足は進む原動力となり
現実を巻き込んで道が作られてゆく

人の子よ、いかなる状況にありても
進むことをあきらめるでないぞ?
誰にでもある未来という時間は、
今、このときの自らの心の中で始まっておるのだからの…

ほっほっほ。
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