見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

レミエルが話したこと
昨年の終わりに近い頃、再びうちを訪問してきたレミエルですが
その再訪の理由はこれまでずっと知らずにいました。


ところが先日、ふと話しかけてきたのです。


「もうすぐ、貴方の次のステージの時期がくるよ。
 これまで長かったけれど
 やっと最初のステージが終わり、次の段階へ進む時がやってくる」と。


5年前、はじめて常駐してくれるようになった天使はレミエル。
あれから常駐する天使は変わりつつも、本当にあっと言う間でした。

とくに昨年は、長いこと勤務していた会社から転職をしたり
楽しいこともあったりと、随分変わったものです。
それを含めて、全部まだ最初のステージだったのか?と問いました。

そうなのだと返事が返ってきます。

最初の頃、自分が願っていた次のステージはまだまだ遠く
果てのない期間があるようにも思えましたが
とうとう次、なのだと。

そして
「それを見届けにきたんだよ」


あのとき、最初に降り立った天使が再訪した理由は
最初と最後、今のステージの節目を見届けるためだったのでしょう。

カマエル
いつも自分の周りの人をみていてごらん。
貴方自身が心穏やかに生きるとき、
周囲にも穏やかな人で満ちる。

自分自身が仕事でやる気に溢れているとき
周りにもサポートする人がやってくるだろう

同じ志をもつ人間同士がふとふれあい、
新しい結果を残せるように
それぞれの立ち位置から、同志を求め合い
今の場所にたどり着くものだ。

異なっているのは、間違いではない
それぞれの人の選択の結果だからだ。

今の自分をどう変えていき
どういう生き方をしたいのか
それを明確にしていけば
周囲の人を見たときに、ふと違和感を覚えるときがあるだろう
そう、そのときが
貴方自身の転機となり、動く時期になるのだろう

人の人生はいつも同じではない
同じに見えて、同じ日はないのだ。
そのことに気がつけば、一日として無駄にする日はなく
この先も、過去においてもそうだったと気がつくだろう。

自分の中に目標を持ち、
自分自身を前向きに向上させることで心を暖めればよい。
決して、ネガティブな感情に自分を明け渡さないように。

ネガティブな感情に支配されるとき
人生もまた前向きには進まず、どうしても後退してしまうものだ。

状況がよくないと思ったときにこそ
自分の中に明るい展望を持ち続けなさい

持ち続けて、信じ、次の一歩をどこに踏み出すかを考えなさい
その努力こそが必ず、
次の展望を連れてくるからね

大国主命
はっはっは


ようようここまで来たものよ…

人の年月はあたかも日と夜が入れ替わるごとくに
過ぎるよう感ずることだろう

長い年月と申しても、我らから見れば
ほんのつかの間のことよ…
その中の日々で己が何を得たのか
心から実感し、またこの先の展望を持つならば
ことさら早く、次の扉はやってくるものじゃ…

人は執着するあまりに現実が見えず
手の届くところにあるものすらも
見えておらぬ時がある

幸せはその者次第で、姿を変えるものぞ
他の人の形を見、同じものをと思っておっても
決して同じとは言えぬのが人の世じゃ

それぞれが異なるからこそ違いも生まれ
自身の経験したことを人に伝えられる
伝えられたことは他の者の心に宿り
更なる高みへとこうじるために、その新しい火種となる

展望を持たず、進む意欲になるならば
他の人の人生は参考になろうの。
ただ執着していては、
人の世ではなかなかに物事は動かぬ
それが道理じゃ

受け入れることと、執着することは全く異なろうが
言の葉にしてしまえば
違わぬものともなる。

心が違うからこそ結果もまた異なると言うは
人がその人生の内容に対して
望み、責任を持つものがまた異なるからだろう

うまく行かないと思うときこそ
一旦そこから離れて傍観してみるもまた良い
はたから見れば現実の中に置かれた位置がよう見えることだろう

物事は、思い込みや己の意思で
どんどん違って見えるようになるもので
まずは認識の誤りをまっすぐにし
正しく向き合ってみることじゃ…
その認識の違いこそが、人の世では常に足かせとなってしまうものだ

物事を正しく見つめ、己自身を外側から理解したとき
次の方法も見え、進むことができる

そのとき、扉はすでに開いていたことに
気がつくやも知れぬな…


はっははは…

おば天、ぶしつけにも笑う。
ある日の夕刻、やっと涼しくなった夕暮れ時に
自転車で買物に出かけていました。
夏場はやっぱり、この時間でないと厳しいですね…

気持よ〜く、すいすい走っていると
なにかが飛んでくる?あれ?と思った瞬間に
私の頭、左側頭部に蝉がヒット。

「ぎゃあ〜」と心の悲鳴とかぶって

大笑いしているような感覚と朧な声…
こ、これは。

普段は「おほほ」系の笑いをするおば天が
思い切り笑ってました。
それこそ、声にならないような感じで。

お「スマッシュヒット?っていうの?笑」

その後もまだ笑ってました。


ええ、そうですよ
蝉のスマッシュヒットですよ。
甥っ子と同じで、うっかりすると変なことばっかり覚えてる気がします。

シッターのサンダルフォン
先日のお墓参りの際、
甥っ子担当にサンダルフォンをお願いしたのは、こういういきさつがあったから。
http://purplelily.blog84.fc2.com/blog-entry-1597.html

そこで今回も
「車の中でわめかず、ご機嫌でいてくれますように」と願ったのです。

なんせ出発したときには、チャイドシートを嫌がり
抱っこしてくれよ攻撃で、もう大変。笑
もう脱走しそうな勢いで暴れて、半分シートから出かかってました。

ところが…

サンダルフォンに道中、シッターを依頼してから…
まったく騒がずおとなしい甥っ子。

お墓参りが終わったあとは割と忘れてました。笑



しかし、ほかの場所へ移動するとき…

キャハッ キャハ!

と、ものすごくご機嫌で一人で楽しそう。笑
ずっと私の隣でキャハキャハしてます。
あんまり長くはしゃいでるので、一体なにかと思って覗いてみても
顔を見るだけで楽しそう…

妹「坊や、母親相手ですらそんなにはしゃがないのに…」

しかも甥っ子のご機嫌タイムはまだまだ続きます。
こんなにずっとご機嫌なのは、はじめてみましたよ…

妹「坊やが壊れた…」とまで。笑


そこでやっと思い出したのです。

お願いしたシッターさんは、お墓参りのときだけでなく
今もまだ面倒みてくれてることを。


シッターを頼むと、これまでにない坊やの行動が展開されるので
またお願いしてみようかと思う自分がいます。

大国主命
はっはっは よいよい

自らの過ちというは、そのものの将来の道を選び取るために
ふと訪れる転機のようなものかもしれぬぞ…

人は生くるうちに数多のことを解消せねばならぬものでもある。
それは人の手でぬぐうことはできぬ決定であり、
本人自身の身をもって、昇華せねばならぬことでもあろうぞ

どんな生き方を選ぼうと理あってのことであるな…

進むべき道を見る目が狂っておったとしてもだ
そこでどういうことが起こり、何があったのかなぞは
現世での些少な出来事に過ぎぬのだ
肝心なのは、出来事に対して自身が身を落とすか、
それとも気づきを得て、高みへと一歩進むか
神々はそこだけ見ているものぞ…

その場に留まり、そのときの己の状態が通常と大きくかけ隔てている時こそ
修正せねばならぬだろう

こと、人のせいにして生きたがる者にとっては
全ての原因が自らにあると心から知るまでは
場面や人を変えつつも
長き間、同じ状態は続くものよ

今の状況こそが、自らの内面を映す鏡であり
現世となった心、そのものであるならば
一目で人から見て知れるものじゃ…

その心、その考えを精査せねばな

より高みにあるものは思う
留まったものたちが、たった一つの解をみつけられず
その場でもがいておることをの…

同じ立ち位置にある者は、同じ渦の中で翻弄され
同じく心を曇らせ、感情だけに支配されて生きゆく

確かなまなこで、状況を見つめゆけば
おかしいと思うはずのことも、おかしいと思わなくなったとき
人は狂人として見てしまうだろう。

選択の過ちに、ただひたすらに己自身を正しき目で見、
考え直すことができるかにかかるだろう…
残念だが、己の外側には因はなく
全て、自身が持ち得ているものだ

謙虚に己自身を正してゆけば
いつぞやかは暗黒の日からも出ずるかもしれぬ

人は人、自分は自分としてそれぞれ現世での中での考えを持つが理よ

ただ、見えぬ者、己の本性を忘れて
完全に分離して生きることを選んだ者には困難も多いと感ずるはずじゃ

元はみな一つじゃ…心で知る人など実際にはほとんどなかろう

本当の意味で一つと知るものは、
心に飢えも寂しさもない
ただあるのみ

人はそもそも何の目的を持ち、ここにいるのか、よ
それを忘れて目先のことに注視しておっても
物事は表面的にしか進むことはないのだ

自身の奥深くにある心の声を
それぞれが何と呼ぼうが自由じゃ
ただ、その声を否定することなく、正しく生きるために役立てるが良い

はっはは

海で
実家に帰省している間、
この仕事をしている人ならではの禊をしに海へいってきました。

先日、実は葛西の海に友人と行ったのですが
どうもそこの海ではだめで…
水に触れても、出て行く感覚がありませんでした。

ですので、今回こそはと出直したのです。

運転手任せで到着した海岸は、はじめて来る海岸でしたが
浜まで近いので便利。
さっそく禊を開始すると、あっと言う間にするすると落ちる感じがします。
なんでしょう、このすっきり感。

ご満悦の私は、帰り道もウキウキ
知らない駅を見ては電車好きの血が湧き…

「あれ?ここ、一の宮にあたる神社の近くでは?」と言うと
みんな知らなかったけれど、どうも近くではある様子

そんなことを言っているうちに
また神社の目の前の道にいました…。

思えば前回きたことにも、再出発の力になってくれる神社に
いつのまにか着いていたという感じでした。
今回も寄ることに。

そして、実感したのですが
やっぱりあのあたりの海岸は神事も行うところなので
そこで綺麗になって、神社で充電するのがセットのようです。
ここはそうみたいですね…。


 * * *


前回のお詣りの後、ひょろっとした龍さんがしばらくうちに来ましたが
今回はそういったこともないように思え、実家で夜を迎えました。

…いや、やっぱりいる…

目を凝らすと、そこにいたのは緑色のつややかな服をきた
面長の男性。
人間の姿ですが、男性の目だけは……龍の目のまま。
着物は狩衣に似ていますが、後ろの裾が長い長い。
着物自体が、龍そのもののようでした。

その男性は、感覚としてこの前いた龍よりも
もっと格上の感じがしました。

なにか伝言があったようですが
「眠ってから夢でみせてください」とお願いすると、そのまま静かにたたずんでいます。

翌朝には姿を消しておられましたが、
やっぱり人間は思っているよりもずっと
神々とともにあるんだな、と思った日でした。

大国主命
はっはっは

つまらぬ妄言、巷には渦巻くこともあるぞ…
ただひたすらに世で生きるものの心根いかにあり、
心中、平らに生きられるのかじゃ

平らでなくば、正しく世は見れぬ
自身の身にありし事柄を深く受け止め
そして自身の成長へと生かすこともできなかろう…

どんな言葉を尽くそうともだ、心平らで生きておる人間にとって
かようなことは通用せず
その立場も心も揺らぐことはないのだ

どんな心で生きておるか、我らは知っておる
がゆえに、その言葉などは通用せぬのだ
心は魂から湧きい出、感情もまた魂の色を染めてゆくものぞ
感情に振り回されて生きるは
己自身、自ら途上にあると申しておるようなものだ

はっはは…

人は人らの社会の中で磨かれると申すがさて
先々は分離した構造の中で影響しあう者もまた変わるものだ

心平らに生きるものはより高みを見上げ
自らと周囲の者のために生きようとするだろう
心が囚われのままではなかなか人のことなど構えぬのが、実情であろうな…

揺らぐ、揺らがぬは自らが感情を努めて制御し
その中で考えを持つに過ぎぬのだ
感情は即ち、考えではない
感情に身を浸した者の考えは、感情に染まってしまうものぞ…
その考えに如何ほどの正しさがあるのかは
人でなくとも筒抜けとなる

この先々、自ら選択した世で生きると良いのだ
より自分らしく生きる変換期にさしかかる今
恐れることなど何もなかろう
ひたすらに、己を見つめ、真からなる言の葉を紡ぐとよい
真は人の心を動かし、時に影響を与えるものぞ

影響を受け、自らを知るものが増えるほどに
自身の価値観は変わるものだ

世で生きるに何が必要であったのか
物なのか、人なのか、あるいは虚栄に満たされた飾りであるのか

取捨選択の時期はまだ続こうが
すでにあらゆるものを脱ぎ捨てて身軽になった者こそが先導し
世を変える機運は高まった

全ての者とは言えぬな…
選択は他者によってなされたようで、
事実個々人の魂でなされた物といえよう…

先を楽しめ


はっはは…

ある天使の話
先日、ふと思い出したのです。

ああ、そうこんな天使もいたんだよね
こんな役割もあったんだよね、と。

昔、その天使と縁があるという人を一人だけ知っており
その人が天使から聞いたおまじないを教えてくれたのです。
しかし、どうもその方法は汎用的なものではなく
自分の場合には使えないようだと思っていました。

今回、私も似たような方法で同じことができないかと思案していた時でした。
カマエルがそっと言ったのです。

「私が後で話しておいてあげよう」

そのすぐ後でした。
眠る前に飛び込んできた、はっきりしたビジョンは
カードサイズの図案。
それを翌日に作るようにと言うのです。
色や文字、文字色は守ることという指定付きで。

翌日、時間ができたのは夜
その図案をイラレで起こし、プリンターで出力してみました。
早速、必要な場所に置いてみると…

「あれれれ?想定外???」

ちょっと、自分が想定してたのとは違った方法で
力が働いていました。
でも、これはいい。実に平和で安全に使用できる図案でした。

数日、実験してみるとやっぱりいい。
これは使えるな…とホクホクし、友人にも話してみました。笑
PDFにして、ブログにリンクしておけば誰でも使える簡単さ!
そんなことを考えてたのですが…


次の日の夜、お風呂上がりに仰天

そこにその天使がいました。
カマエルと何かを話している途中のようです。

「えっと、ちょっとなにか着てから…」といいつつ、
つい習慣でテレビをつけると

「待って。その前に話を聞いてほしい」

「その図案は、貴方と私の間の約束で使えるようになっているものだから
 ほかの人に教えたり、配ってはいけない。
 働かないからね」

「分かりました…」


約束を破る気はありません。
…この天使さんは凄く厳しいからっ

上で書いたおまじないを教えてくれた人などは
「言うことを聞かなかったら、夢でぶっとばされた…」とか。笑

それにしても、不思議な出来事でした。

ミカエル
貴方方の世界は、想像以上に広く
そして美しいものなのだよ

人が生きる社会の中で、どれほど多くの愛が育っているか
観察したことはあるかな
人が生まれて育って大人になる…それだけと思うかもしれないが
そこにはどれだけ多くの愛情が必要になっただろうか

そうやって育った人たちが、また人との縁を結び
新しい家族を築いてゆくのだからね
その広がり、人間であるがゆえの愛情の深さは
私たちとは異質である部分だからこそ、美しく見えるのだよ

だれしも、本当に孤独な人はいない
孤独だと思うとき自分の心の扉が開いていないだけなのだから

これだけは伝えよう

自分で扉を開くのは、何が入ってくるか恐れるためではなく
新しく入ってくる物事を歓迎し
より自分自身のステージを変えてゆくための変化なのだと。

不安で扉を開けないときには
なぜ不安なのかと自分に問いかけることだ
理由はきっと、自分で知ってることだろうから。
その答えを受け入れて、自分で扉を開く決心が出来たとき
先に広がるのは、まったく違う世界なのだよ

貴方方がこれまで知っていた世界とは異なった世界が見える

この先は、自分の新しい世界を拓く人もたくさんいるだろう
自分で変化を受け入れ、選択した人たちが集い
異なった社会を築く。

その先触れがもっと小さな単位である家族や友人関係に表出していく。

違った世界はそこここに、もう芽が出ていることに
貴方が気がついただろうか?
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