見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

カマエルと話したこと
そう、まだいます。

休みの日の朝、なにか話す事がある様子だったので
神界との会話をとった後に、話してみました。

個人的な感覚なのですが
どうもカマエルは思っている以上に、人間との交流は多くない感じです。
圧倒的に多いのがラファエル、ミカエルだとしたら
人間に関わるのが珍しい天使な感じがしました。

それは最初の日からしてそう。

私は会話をしている途中でも、
自分で考えたいことがあるとモニョモニョと心で考え事をし、
その後に話すことがあります。
そんなとき、そのまま継続してモニョモニョ話すのではなく
「はっきりと意思を伝えるように」と。

そのとき
「あ、人間との直接会話に不慣れ感が…ある…?」と思ったわけです。


 * * *


そして、本日はもっと真面目な話でした。


例えば、誰かの困っていることについて、何かをお願いしたとき
その抱えていたものが大きければ大きい程に
“果たしてそれでいいのか”熟考しなければいけない、と。

原因があって、その結果が出ているということは
その結果だけを取り除いてもらった場合
同じ大きさの問題を再び抱え込むことになるものです。
それが理であり、避けては通れないからです。

簡単に言うと、霊に取り憑かれる原因を持った人が
そのときだけ取り除いてもらっても、
原因はそのままなので、あっという間にほかのものに憑かれる時もあります。

もちろん霊だけではありません。
家の因縁、人の思いもありますし、
あるいは、いわゆる自業自得もあります。

なにが原因なのかを見極めて、どこからどこまで手をつけるか考えること。
そして、場合によってはそのままにするのも止むを得ないのでしょう。

そして、彼ら天使に願うときにもこう聞き返されるのです。
「それは誰から見ても正しい判断なのか?」と。
誰かの個人的な思惑のために願ってないか、ということです。
当たり前でしたが、はっとしました。

深々と追求して、完成した結果から導いた答えではない時があるってことに。
鑑定をしているうちに、「とりあえず」で進めてしまう部分もあります…。

おそらく、正義という感覚はこれまでの誰よりも強い天使
そんな感じがしました。

…でも、厳しいだけではありません。

ちゃんと、その人が正しく生きられるようにと
受け皿も用意してくれているのです。

ありがとうございました!
先日、募集いたしました
「チャームでボランティア」に参加いただきましてありがとうございました。

同時にお買い上げいただきましたアクセサリーや
個人的なご寄付などを含めますと、
15,060円になりました!

お預かりしました売り上げは
シェア=国際保健協力市民の会(http://share.or.jp)へ送金済みです。
カードでささっと送金できるなんて、便利な世の中ですね…。

こちらの団体のサイトをご覧になっていただくと分かるのですが
現在でも東北の被災地で活動中なんですよね。
長い期間の支えができるようにと思い、
その旨添えて、送金しています。

またなにか気軽に参加いただける企画を考えましたら
どうぞ、よろしくお願いいたします。

ありがとうございました。ペコリ

大国主命
ふむ…

子を産み、育て、慈しむというも
人の子にとっては大きな機会の一つであろうの
自身の片割れという感覚があればこそ
逃げられぬ隠れもできぬ
直面し、自らが鏡となって
子が育つのを見守るうち
いずれ自身の姿を問う場面にも巡り会うはずよ…

日の本の国において、少なくなると
それだけが問われておるが
人の魂の数そのものが問題ではないのだ
今という時期が境目にある
だからして、その時期を越えて、
後の世にやってこようと思う者もあるのは確かなことだ

魂が人として生まれるとき、そのとき
人の世にある魂の入れ替わりが図られるよう
だんだんと住む人の魂が向上してゆく
して、その結果となるは
社会や国の向上になるだろう

いかにして、このように長い時間を経て
少しずつ変わりゆくのかと問われれば
それはのう、突出した者が一人おっても
人に埋もれることはできぬからぞ
1人、2人いたとて、人の世の中で
数多の者に触れ、意識を変えることは難しい

一人ひとりが向上しゆくように
少しずつ、魂の鍛錬された新しい者と
世代が変わってゆくものだ
世代が変われば、思想も変化し
残れぬものは古きにしがみつく。
新しい者は心に思いを宿し
その力もまたたゆむことはない

だが人の世ぞ、欲にかられて誤ることも珍しくはない
それをふまえて、多くの者らが世代としての多人数を持って
この地に降りゆく…
そんな時はすでに少しずつはじまっておるものだ

子の目を見つめてみれば良い
豊かな智恵を宿した子は、まだ疑うこともなく
その目から智恵の光を隠すことを知らぬだろう

人の子の親となるものにとっては
この子らの成長はまた楽しみともなる

これまで何があったかと、この地に根ざす因に心を馳せるより
この先に広がるこの国の可能性に目を向ければよいものだ…

はっはっは…

カマエル
人は時として、選択を誤ることもあるだろう
それでも人は自分の前に拓かれる道を進む
それはね、道を歩んでゆくとき
どんな間違いだろうと修正し、正す機会があるということにほかならない

自分で気がつく瞬間
これまで、胸を覆っていた霧は晴れ渡り、全てが見通せる。
そんな時がいずれ訪れるだろう
その時、選んだ結果が大事なのだよ

どうしても直すことができない時は
自分の心にどんな感情が宿っているのか確かめれば良い
正し、元の道へ戻ろうと決めたならば
その道へ進むべく、力を尽くせばよい

あなた方はそういう選択を許されているのだ
だから、あきらめることもなければ
肩を落とすこともないよ

機会は巡ってるんだからね
自分自身でその時がやってきたら
素直に自分自身で受け入れて、またやり直せる

たとえ、やり直しの機会が
以前とは違った形でやってきても
それは運命に与えられたチャンスだということ

誰かがそっと置いて行ってくれたチャンスを自分のものとして、
豊かな人生を送れるように
ただまっすぐと、前を見つけていきなさい

その先には、きっとこれまで見えてこなかったものも
再び出会うことになるだろうからね

いわば、人生に与えられたギフトは
その人がどれだけ心を前に向けているかで
見つけられるか、見つけられないか決まってしまう。

見逃さないように周囲を見つめ
心の目も開いていけばいい

正せない人生など、ないのだよ

おば天相談室 13 言葉の壁
スナックおば天へようこそ。
それでは、13回目のお客様はコチラ
メールで頂戴していたので、お返事できてなくてゴメンナサイ!


アメリカ在住です。
当地の土地神様や、アメリカ人の霊もいらっしゃるようなのですが(私にはわかりません)、
日本語は通じているのでしょうか? 
その他にもいろいろな存在にたくさん助けられてはいると思いますが、
祈ったり願ったり問いかけたりするとき、
日本語・英語の言葉の壁とか問題はないのでしょうか? 



そうね〜
だいたい問題ないと思うわよ
そりゃあ、こういった直接会話したりなんてするような場面があるんなら
同じ言葉の方がやりいいと思うわよ〜
でもね、願ったり、感謝したりとかいう気持はそのまま届くもんだから
とくに問題ないわよ。

まあね〜守護霊って、貴方が想像している以上にいろんなことをしているから
同じだったら、やりいいけど、
同じ言葉でなかったらできないなんてことはほぼないのよ
そのあたりは安心していいと思うわよ。

それより、貴方随分たくさんの人に助けられてる人だと思うわよ〜。笑
誰がとか、言葉がとか、小さいことは気にしなくていいのよ
向こうも気にしてないわよ。
実際のところ、貴方がちゃんといろんなことを頑張ってるから
今みたいに助けがあるってことよね。

言葉の違いは翻訳したものの違いに過ぎなくて
もともとの思いがいっしょなら大丈夫なのよ。


以上です。




ちなみに「だいたい問題ない」の部分ですが
こうして直接会話しているとしましょう。
そのときに日本語→英語ではニュアンスがかわって伝わることがあるようです
ただし、ニュアンス程度ですけどね。笑

またふる〜い記事で恐縮なんですが、
こんな感じで説明したものもあります。
http://purplelily.blog84.fc2.com/blog-entry-181.html

ちょっと書き直したい部分もありますが、まあ、こんな感じでしょうか。

脱走ペンギンを見たいっ!
昨日、友人と葛西臨海公園に行ってきました。
目的は複数あれど…
やっぱり、気になるのは…
先日、水族館を脱走したペンギンを見ること!!

さて葛西臨海公園は、駅前すぐに公園入り口があるため
電車で行きやすい公園です。
都内でも最大級の広さに、渚が広がる海浜公園という立地から
地元民には愛されてる公園ですね。

駅前の大きな噴水の向こう側は、公園に入る橋。
葛西臨海公園です。

今回は行きませんでしたが、晴れの日に大観覧車に乗ると
かなり遠方まで東京湾を見渡すことができ、壮観です!
ただし、花火大会の日に観覧車から鑑賞しようと思う方はご注意を。
大混雑するため当日は「ほかのペアと相乗り」になります。
観覧車がですよ?
花火大会の時は、おすすめできません。笑

さて、まずは渚へ。
都内で唯一、自然の浜が残っているのです。
2つの翼のような渚はさすがに人工ですが
それでも、まだまだここには海があるんですよ。
潮風が、自分の身からいろいろとはがしとってくれるかのような
そんな場所です。
浜はクリスタルビューという展望台からも見えます。

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そして、水族園
本当は鳥類の観察ができるゾーンもあるのですが
今回はココへ。
入り口はプールのような池が海に溶け合い、
ヨットが浮かんでいるかのように見えるデザインになっています!

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いよいよ、逃亡ペンギンをご対面かと思うとワクワクしますが
その前に。

この水族館は、マグロがいるのでも有名です。
ただし、なぜか年々減っていると地元民から聞きました…
ぷりっとしたブリ感のある泳ぎ方がまたかわいくて
ついつい長居してしまいます。

他にも、自然環境を破壊することへの問題意識を提起する水槽も。
捨てられたプラスチックと生物のコーナーです。
カニやボラなどがいますが、ここは軽く言葉を失ってしまいます…ね…

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さあ、ペンギンですよ
どれが逃亡犯でしょう?

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「わかるわけないわ!!こんなにいたらっ」と言っていると
同行した友人が情報を聞きつけてきました。
「おじさんが、逃げたペンギンは腕輪がなくて、肥えてるやつだって言ってたよ」

それでも分かりませんでした…
だって134羽いるんですよ…

くやしいですけど、かわいいので許します。笑

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その後は、サメやアカエイなどを触れるコーナーでなでまくり。
順路最後にあるレストランの壁には
逃亡ペンギンのパネルがありました。

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逃亡コースと、当時の生活の様子
捕獲時の様子などが紹介されています。

337号(オス)は水族館生まれのくせに、無茶しますねえ
今、337号はあだ名を頂戴し「さざなみくん」と呼ばれています。
寄せては返す波のように戻ってきたからなんだそうですが
…罰ゲームのようなネーミングセンス。笑


そんなこんなで逃亡ペンギンを見る日は、つつがなく終了しました。
どいつか分からなかったけど。笑

大国主命
はっはっはは


ようやっと人の世には一定の区切りもあり
人は自らのゆく先々を決め、それぞれの道を歩みだしたと見える…

今の心持ち、そのものが教えてくれよう
先を知り、選んだ者は心が落ち着き、
この先を受け入れて安定していることとなる。

先々の道は多くの道に分かれているように見えるが
実際は表面的なことに過ぎぬ
様相は様々であろうと事実は1つじゃ

二分化された世界の中で表と裏
双方を知るものにとっては、今後は己自身を役立て
自らそのものを生き甲斐とする生き方もできよう

我らから見ればはっきりと人は異なりつつあり
その違いもまたよう分かるものだ

それら二分化された数多の人間が
同じ場所にいることは難しく
社会もまたゆっくりと確実に動くはずよ
水と油がゆっくりと、元の二分化された層へと戻るようにな

いずれ、社会の中でも人間の間でも
さような異動は行われ、
それぞれが正しい位置へとつくものだ

生きし時に何を学ぶのか?
学びとは向上にほかならぬもの
その学びの真の意味を知り、学びという言葉を使う者は少なかろう
己自身が正しい生き方の心根に気付き
いわば“知った”時
言葉でも感覚でも得られぬ、安住の心があろうぞ…
人に振り回されぬ安住の心とな
人の社会で起こることも、なぜそうあるのかということも
魂で知り、魂の知り得たことを心が得るからこそ、
安定していられるものじゃ

自身の魂と心が直結し、
自らの内面に目を閉ざすことなく生きることを選んだ者は
すでに自身の感情を魂で動かすことを知っており
あるいは知らずともそのような状況にあろうな

学びとは己の心中にある感情を再発掘し
それを再構築し、新しい価値観へと組み立てることにほかならぬのだ

自身の目が曇っておらば、社会もそう見え
そのような事象が多く身の回りに起こるのに対し
安定した心中で生きる者にとっては
この世界で己を役立てる方法を見つけられよう
能動的かつ、あらゆることを肯定的に受け止め
そこから再構築する術を、
社会に対して持てるものだ

一人、二人とそのような者が増えるのでないぞ?
一斉に自らが選択した結果なのだ
その選択した人々の姿はいずれ
人の目にもはっきりと映るやもしれぬ

互いに人が助け合う時代は終わり
個々の心中、魂がそれぞれの舞台を見つけるために
動く時代になった。

人は人と申せば聞こえは悪かろうが
自らを見つめてこそ、正しい答えが得られるものじゃ
問題を抱えている間には分からぬやもしれぬ
だが、ほとんどは自らを見ようとはしない結果として
現れたものだろう

いかなる状況にあれど、己を顧みることはできる
それが正しいか、正しくない解であるのかは
やがてたどり着く、己の現実が教えてくれようぞ…

現実は心を映すものよ
今の状況がそのまま心の状況を映すと思えば
ようやっと自らを振り返る決意を持てる者もある
そこから苦しくとも学べばよいのだ
変えてゆく機会があるからこそ、
同じことを何度も告げるのだ…

今はそれが容易な時代であり
自らを変えてゆかねば、振り落とされてしまうのだ
従って、真に生きるものにとっては
真実豊かな時代となろう…

ミカエル
今日、この日の終わりに
一日をどう過ごしてきたのか、それを毎日振り返ってみるといい

自分自身が生きる道は、その一日の積み重ねであり
その一日こそが実は凝縮された人生に似ているのだと
そう思ってみて見ると
実際には自分が思ったことをやり遂げていないと思うかもしれない

長いスパン、短いスパン
双方の設計図を常に心に描き
その都度、どこまで出来たのか考えてみること。

あなた方の一生は長いようで、短くもあり
時にははかないのかもしれない

自分自身が一生懸命に生きたという実感があればこそ
後悔もしないものだ

時には自分の思うようにいかず
悶々とする時もあるだろう
でも、どんなときでも
誰の心にも、自分の未来を指し示す明かりは消えることがない

明かりは誰の心にも宿ってる
その光を見失わずにいれば
明日が分かり、未来が見えてくる

何に頼らずとも、自身で自分の未来を見つめられる強さとは
自分で選択する責任を伴う
だからこそ、躊躇もするだろう

天をみつめて、どうすればと問いたいとき
自分をみつめて聞いてみること
本当は、そこに答えがあるのだよ

その力が見いだせないとき
自分をまだ信じられないとき
私たちはいつでも助けよう

それが私たちの願いだからね

おば天相談室 12 物理的現象
スナックおば天へようこそ。
それでは、12回目のお客様はコチラ


守護霊さんが物を落として警告してくれる事があります。
ちなみに数回チャネリングしてもらいました。
物理的な物まで落とせるのは守護霊さんならではの力ですか?
守護霊さんが直接触った訳ではないですよね



見たわよ~
そうね、これって別に守護霊に限ったことじゃないと思うわよ
いわゆる肉体を持たない存在っていっぱいいるじゃない?
霊と簡単に呼ばれてるものから、守護霊、高級霊とかそれなりに。
そういう存在全部、ある程度できると思うわよ

ただ、この世界の物質になにかの干渉をする場合って
それなりの理由がないとできないかもしれないわね
結構大変なことほど、人間って労力を必要とするし
どうしてもという場合しかやらないと思うのよ。

それこそ、低級霊なんかはおもしろがってやるのもいるけど
ああいうのはいくつもあつまって結構、大きなものになってるから
力はあるわよね
高級霊も同じく、力があるから物質への干渉もやろうと思えばできると思うし

付け加えるとね…
そこまでしなくちゃいけない事態ってこと自体が
実際にはほとんどないわよ
うちなんかは全然ないといっていいぐらい。

ほかの人(当方に滞在してる天使のことらしい)はどうかしらね~
たま~になにかしているようだけど、あんまりそこまで交流ないしねえ
でも、力がある存在ほど
比較的労力は必要としないんじゃないかって思うわよ
だって、ホントにアレは大変だと思うから。

あんまり多い場合には、ちょっとほかの理由も考えてみないと
いけないかもしれないわね~

(守護霊からの警告でもっとも多いのは何?)

ん~、個人によって分かりやすそうなのにしてると思うけど
夢とか感覚が一番多いんじゃないかしら。
あからさまに手を出しすぎるのは、本当はよくないし
本人に分からせて、物事をさけるようにするとかね~
そういうのだったら、平和でしょ?
あるいは避けられないものでも、心の整理もできるし
予測することで準備もできるし~

震災みたいな大きなものについては
個々人の持ってる宿命もあるから、なんとも言えないけれど
現実の上、本人がお勉強していく上でのヒントみたいなのは
守護霊が得意とする分野だと思うわよ~



以上です。
ご相談があれば、どうぞ。人生相談なら受けるそうです。

大国主命
はっはっはは

そうよの、心の平安というもの
真の意味で知り得たものは強かろう。
いかにして自身でその平安を手にしたか、
振り返って考えるのも己のためであろう…

たやすく壊すことのできぬ、真の心の平和や幸せとはなんぞや?
人によりけり答えは違うはずぞ…

そちが手に入れたは、見えぬ、感じぬと言われておった者への
絶対的な信頼と、自分自身への信頼を持ち得たからこそ
今の真実、穏やかな生活があろう

人は、人生の中でその人なりに与えられた経験を通じて学ぶというが
学ぶことそのものは、究極的にはただ一つじゃな
そこへ至るまでの間に、多くの気づきがもたらされようが
最終的にはひとつなのだ…

表面的な多くの悩みを通じて
心が抜けきれぬものもあり、
長い時間をかけてそこより高見を目指すものあり、
あるいは魂が知りうることを思い出したものも少なからずいよう
皆、結論として、過程の中であるということだな

過程の最中におるうちは、これが結論と思い
あるいは、これ以上はないものかと思う
その考えすらもまだまだ過程の内ということぞ…

抜け切るには、何の技があろうか?
己自身が気づくまで、と言えような…

多かれ少なかれ、人はみな過程の中ゆえ
人の戯れ言も戯言も妄言もある状態がもっともよの
完全な人なぞ、元よりおらぬ

真に心に平安を持った者なら理解できるであろうな…
人がそれぞれの過程の中でそれぞれに頑張る最中ゆえ
様々な状況が起こりうるだけぞ、との…

それほど人は賢くなかろうが
魂は頭を越えた知識を持つ
その深淵な智恵を引き出し、自身の今の心に反映させゆくは
これからの人に与えられる新しい課題ともなろうな

人が生きしときには、知り得ぬことやもしれぬ
正しく生きるものにとっては、新しい展望が広く拓かれる時になろうぞ

理解した者は少なかろうが
心に乗せれば、いつか分かる日もくるだろう
その日まで、それぞれの目で
現世を楽しむことだ…
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