見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

質問28 お守りについて
今回もまた、ご質問ありがとうございました。
それではいってみます!

身につけるお守りやパワーストーンについてですが、沢山持っていてもいいものでしょうか?
何回かお守りに助けてもらっているので結構な数を身につけています。
塩も持ち歩いています。
友達とスパにいくと自分が沢山色々つけているので不思議がられています^^;
また、紫音さん自身もお持ちかと思いますが
どのような石やお守りをお持ちか教えてください。
宜しくお願いします。



お守りと石などなど、それぞれ別の用途として持っているのであれば
必要な分だけ持てばいいのかなと思います。

お守りからいきますと、神様には得意分野もあったり
いっしょにはしないほうがいいところもありますので
私はひとつに絞るほうがいいと思います。

例えば家にお札やお守りが沢山、コレクションのようにあったりすると
逆によくないものが集まる要因になることもありますから…
なので、きちんと手をかけられて扱える数だけ。
できれば一つが良いと思いますよ。

私は神田さんのお守りを一つだけ持っています。
お詣りするときに、こういう用途で必要ですときちんと伝えてきました。


石についても考え方は同じだと思います。
石同士で別々の作用を持つものをもっても仕方がないので
その朝、必要だなと思ったブレスをひとつだけ選んでつけます。
日によって違う石になってますね。

サプリメントのように、その日必要なものを持つといいのではないでしょうか
あるいは水晶系のものをお守りとして持つと
身代わりになってくれたり、邪気を吸ってくれたりします。

石とお守りをいっしょに持つのは別に問題ないと思いますよ
でもなんで塩?笑
お守り代わりにしているのであれば、水晶とかで充分かと。
同じ働きをするので石でまとめていいと思いますよ。

いずれにしても、こういうのはあるだけ持てばいいものでもなく
逆に妙な事にもなりかねないので、少し整理してみるといいですよ。


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さて。
今月に入ったぐらいでしょうか…

もうまったくブログを書こうという気がなくなりました。
なんでだか、もう書くことは全部書いた、という気持で一杯。

その上、自分のブログを見るたびに
流行遅れの古い服のように「いらなくなった古いもの」に見えるのです。

たぶん、自分もなにかの転機の中で
この場所がいらなくなってきたんだろうと思っています。

試しになんとか一ヶ月は書いてみようと思い
書き切ってきましたが…
やはり、土日以外は不定期更新としました。

いきなり辞めると、変に心配されそうなので
あらかじめ書いておくことにした次第です。

身も心も大変元気で、仕事も順調かつ楽しんでますし
鑑定も通常営業しておりますので
ご心配いりません。

なにか事件のあったときには、いそいそと書こうと思ってますけどね。笑

やるせない話
まだまだ日本人の心のどこかでは痛みの残る震災も
だんだん、その後の事件が浮かび上がってきたようですね…

当時、ご遺体の破損部分が指だったことで
貴金属の盗難が挙げられましたが、
昨年からすでにヤフオクで販売しているのが見つかっていました。
発送元は、もちろん海外のある国。

あるいは、
亡くなったと思われていた家族が
震災関連の手当を受け取っていることが判明。
“生きていたんだ”と、家族がその場所に出向くと…
日本語ではない言葉を話す人が出てきたという話まで。

もう、なんだか言葉も出てこないです。

人の死の尊厳が踏みにじられてる現状が
さらに悲しみを深くしていく中で
そんなにお金が欲しいのか?と。

被災地から盗んだものを日本のオークションで販売するなんて
正気とは思えない行動でしょう…。

人間らしく生きるって、最低限の衣食住があることではなく
心の問題なのだから。

大国主命
はっはっは…よいぞ…

して、人は如何様にも生きられる生き物というは理解したことか?
心中が定まり、頭であれこれと考える以上に、
そのものを動かすは人の魂にあり。
魂により、その者の考えや言葉、行いが表出され、
その人となりをも規定しゆくと思えば、何の不思議もないことじゃな…

人は惑い、悩むがその全てはその人に原因があると
いさぎよく認めれば、正しい見方も出来、真実に近づくものじゃ
原因が無くして、問題もなかろう
因なくば結果などないものよ
自身で気がついておらぬだけじゃな…

魂の声と申すが、その者自身の“時に感情で変化する部分”ではないぞ…
それは頭じゃ
魂の声は一定して変わらず、人生の中をずっと流れてゆくものじゃ
その部分に分け入るには、自身が自身をよく知り
心と感情の声を静かにせねば、聞こえても来ぬだろう

魂の声を聞けと申すは、会話をとれということではない
感情や周囲に振り回されず、
自身の根幹となる部分に注意深く焦点を当てて
自分の奥深くにある真の声に触れるという意味じゃな…

実際、夢で触れる者も多く
誰にでも日に何度もその領域からの声に触れるのが定めと言える

世は変わったぞ…まだまだ変わるだろう

表面的な事象にこだわっていれば
その真意も見えなくなってしまうように
自分自身をも見失ってしまうものじゃ…

自分の本当の意思、奥底の目指すところと
自身の心の赴く方向が同じとは限らぬ
楽をしたいと思うても、魂では苦労し自身の向上をする機会と知りうるやもしれぬぞ
そのぐらい頭と魂は異なるものじゃ…

それ一層に近づけて、生きようとすることが
すなわち成長なのだろう

魂の声を聞き、何かを知りたいと願うため
心を澄ます修行が成長であるのか
魂の声を聞けずとも、己の奥底の真の気持に忠実に生き
自身のために役立てて成長とするのか

人はこう問われれば、無論後者答えるが普通であろうが
自身が同じ立場に置かれたとき
自身だけは異なるとしてしまうものじゃ…

人の弱さともいえようが、他人と自身が本来は全く等しい価値を有する
神の分け御霊を持つ存在と、心から知れば
自身は例外であり、他の一般論とは違うと言うことはなかろう
そのような考えそのものがないからじゃな…

一人ひとり、自身についてよく考えてみることで
自身の周囲は目まぐるしく変化するものじゃ
よく変わる者あれば、ふるい分けされる者もある。
世の精算は厳しいが、当たり前の道理の元で
導きだされているものじゃ…

公園にて
前の職場の近く、駅前に公園がありました。
その公園、昼間でもサラリーマンの男性たちがいつも多くおり
お昼もそこで食べ、一日を過ごす様子が常に見られるところでした。

ある日、自分の同僚が言ったのです。

「あそこは一日、何回通っても同じ人がいて
 時間をつぶしてるんだよな」と

拾った漫画でしょうか?一日読んでいたり
あるいは、本当にぼーっとしたままベンチに座っていたり。

お昼になると近くのコンビニでは80円のパンか
一番安いおにぎりを一個だけ買って行ったり。
飲み物はありません。
公園には水道がありますから…

社内ニートという言葉が流行している今
会社にいっても仕事がない人がたくさんいて、
運悪く失業したことを家族に話せないお父さんもいるでしょう。

みんな楽じゃないんですよね
それでも、頑張れないとすら言えない事情もあるから
黙って、じっと自分の辛さを噛み締めてる場所
それが公園でした。

私は思うのですが、お父さんが働いて家にお金を入れてくれるのは
とっても大変なんだってこと。
それを何十年もつづけていれば、
心がすり切れる日もあるでしょう。

内助の功を忘れてませんか…ね…

スピリチュアルにはまって、あちこちで鑑定を受けているそのお金
誰が出しているんだろうな…と
ふと、思うことがあります。

心がすり切れちゃった時、
助けになるのは鑑定じゃなくて
本当の意味で、気持が通った家族じゃないかと思うのですけどね…。

大国主命
はっはっは…よいぞ…

まさかまさかと思うておるうちにも
自身の世の暮らしは着々と進み、歩みを止めることなく続く。

人は人の生き甲斐の中にいるがな、
人の心の中にこそ、大事なものを探し出す種が宿っているものだ…

自分自分でそれを見いだせる喜びは何にも代え難く
見つかったと分かるものでもまたないやも知れぬな…
真摯に打ち込み、後になり振り返り見れば
これがその自身の真だったのかと理解できる。
そういうものだ

生き甲斐も、生きる意味も分からぬでよいのだ
知ったからとて、何にもならぬ
ましてや人に与えられて、自身の可能性を失うものになりかねぬ

人は目指す場所が分かれば安心安心と先に知りたがるが
知らぬからこそ、間違え、困り、悩み、途方に暮れ、絶望もする
正しい道をはじめから見つけ、進む事ばかりがよいことでもなかろう

どのぐらい悩み、解決に向けて努力してきたか
考え行動してきたかで、人の価値をみつけられるものよ
結果だけ見ておっても、人としてそれが正しい道のりであったかに関係がないものじゃ

今の己を見て、その現状から満足を得られぬとあれば
その過程の中にこそ考えるべき点はある。
やり終えずいたことも、まだまだ時間があろう…

自身の人生の結末の日を考えるものは多くはないぞ?
思ったよりも、その日のことを真摯には考えぬものじゃ…
いつその時が来たとしても、今日までは自分なりに行動できたと思えば
思い残りはないのだ

自身の目を、言い訳や出来ぬという思いで覆うことなく
正しく真実を見つめる勇気を持てばありのままの姿が見え
いつぞや確かな自分を取り戻すだろう

人は不完全なものじゃ
ゆえにその決断がまったく正しいと言い切るには無理があろう…
だがそれでいいのだ
人の弱さ、過ちを避難してはならぬぞ
その人それぞれが、己を探す旅の途中にいるものじゃ…
個人個人の選択の果てに、今いる所というだけのことじゃ

その道を通れど、どの考えで進むものと
その者は己の心で考え、選んでいる現実なのだ

ありのままの目で見れば
正しくない気持は、自身にとって利害が一致せぬ、
害がある、影響が及ぶなど自身を守る立ち位置からの言葉に過ぎぬと分かる
自身に関係ないものならば、他はまこと無関心な生き物じゃな…

ことさら自身に忠実であればよい
それは人の意見を聞かぬとは異なる
自身を正しくみつめ、評価し、鍛えるということそのものが
自身に忠実であるということじゃの…

人は人、神々は神々の世界の物事に在り
時に交差し、道は作られるものよ

新た涌いでた時代の空気が
今、この場所らの掃除を経て蘇る
思いを貫き通す原動力となるように
人の心の強さを信じよ
それだけあれば、おのずと結果はでような…

質問27 お人形などなど
今回も素敵にオカルトな質問ありがとうございます。
それでは、なんとかいってみようと思います。


よくお人形がこっちみてる、とか、涙流した、とか、聞きますが、
本当だとして、お人形にはなにか宿るんでしょうか。
それは、念なのか、地縛霊みたいな成仏できていない魂なのか、
もしお分かりでしたら教えていただきたいです。
大事にしていると宿る、とすれば、お人形に関わらず、おもちゃなどにも宿りますか。
処分の仕方も参考にさせていただきたいです。




とのことですが、ありますよね。

人型にはとくに入りやすいとも言われます。
人形でなくても、目鼻、手足がついているだけで充分みたいですが
ともあれ、入れ物になりやすいのは確かなようです。

それは成仏できてない霊でもあったり(地縛霊は土地に関するので省くとして)
あるいは守護の動物さん、自然霊、妖精的なもの、念といろいろだと思います。
それがどういう風に働くかは千差万別でしょうね。

もちろん、人形だけではなく普通のモノにも宿りますよ。
とくに宝石なんかは媒体になりやすいので、昔からよく聞きますよね。
高価で思い入れのあるものは、故人もこだわりがあるかもしれません。

面白い話では…
自然霊に守護されているある一族の人々の手を経由して販売されたモノに宿った念が
購入者の命を助けたりなんていう話も聞いたことがあります。
逆に酷い目にあう話なんてのもありますけどね。笑

これまで見知ったモノでは、ガラス製品、手作りの品物(念)、衣類(念)、
手にする頻度が高い愛用品、宝石、なんかがすぐに思い出されるでしょうか…
ほかにもいっぱいあると思います。

使うのであればパワーストーンの浄化方法とおなじような方法で浄化したり
捨てるのであれば、お炊き上げに出すのがいいと思います。
(お炊き上げはネットでもすぐにお寺を探せると思います)

人形を普通に捨てる際、なにか気になるのであれば
燃えないゴミではなく燃えるゴミに出さないとダメです。
火で燃やしてくれる方ですね。
捨てるときに気になれば、目隠し(布で)をして捨てるといいかもしれません。


あ、そうそう「ひとりかくれんぼ」は、間違ってもやらないでくださいね。


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今回も、この記事のコメント欄で来週の質問を募集します!

見えたものとは…
最近、にわかブームなのが
また来ると言われている震災の予言、予知。

数多のネット上のログからは
いくつかの気になるレスもあり、私はここのところずっと
その背景を見ていました。

何が起こるのか、ではないのです。
その予言、予知をさせたものの介在です。

とても増えてるな…と思ったのは
人の恐怖心や、不安に応じるように
なにがしかの存在が「見せている」ものが含まれていることでした。

審神の依頼はこうしてはじまることがあります。

ある霊能者は大きな真っ白な狐さんの力を借りて
精度の高い鑑定を長い間行ってきましたが
ここ最近、違うものの声も聞こえるのだ、と。
その声はこれまでとは違う声であることが分かっていました。
そして、その声が震災の予言をすると言うのです。

よくよく見てみると、その別の存在は
宇宙人以外には見えませんでした。
周囲にいるのではなく、離れたところから意思を降ろす感じです。

コンクリートのような建築物が特徴的な星
どこかまでは書きませんが、むこうもむこうの意図があってしていることなのです。

つまり、元々有名な人に降ろせば
その言葉は真実のものとして広まるということ。

その内容が破滅的であればあるほどに
これまでその言葉を信じてきて、人生を乗り越えてきた方々に深く取り込まれ
深層の中で育って行きます。
多くの人間が、破滅的な未来図を持てば持つほどに
それは現実化していくものなのです。

スピリチュアルで引き寄せや、現実化を学んだ方も多いでしょう。
それはこういう風にも作用するんですよ。


それはもともと霊感がある人にも同じく
そのあたりの霊がいたずらに不安心を煽るために、夢を見せたり
あるいは言葉を聞かせたりします。
ご丁寧に、現実で本当になる小さな当て物を施して
そのあとに見せるのですから、見た人も信じるでしょう。

たしかに否定できない未来のひとつかもしれませんが
実際に自分たちで引き寄せてどうなるものでしょう…
避けられないものでもあるかもしれません。

でも、結論として

たくさんの人間にのこってほしくない宇宙人もいれば
遊んでいるだけの霊もいる

また自然霊が力を貸しているために、
自然については精度の高い予知をする人もおられるし、
転機を転機にしないよう、心根をかえて生きて行けるように説く
仏界の存在、神界の霊、天使もいます…

いたずらに騒ぐよりも、やるべきことをやっていくしかありません。

天照大神
人の思いというのは、そのまま天に届くものと申し伝えたことがあったのう…
その思いは、そのままその者の心の中を映すものとして我々に届く
一人ひとりでも、全体としても、思いは感情の塊となり
波となり、音となって届くものじゃ…

して、一人ひとりの心の内が肝要なのじゃ
心の中から発せられる気持そのもののが天に届き
また地に映し出され、この地に住まう子らは考え、思いを発する。

延々と循環し、この世を作り出すというを
理解するのは難しいことであろうか

否、そうではなかろう
事実、知っておっても認める事ができぬのじゃ
この現世に生きる以上、目に映るものへの価値を持たずして
己の足元をどこにおけばと思う
自身への信頼、ゆるぎのない自信があれば
見える現世での暮らしも、見えぬ世界との関わりもまた均衡を保って
己自身の中で落ち着くものであるがしかし
人はこれら現世で生きてゆくもやっとある者多く
見えぬ世界との関わり方も間違える
そこに問題はあれど、見えぬ世界そのもの、いや
これら数多の世界と関わりを持つことを否定してはならぬ
あってあるものだからじゃ…

空を眺めれば、雲もあるやもしれぬな
地と天、水が行き来して循環するのは理解もできよう
がしかし人の思い、精神の力が同じように循環しているとは
人は信ぜぬのであろう

その循環が変われば、地は瞬く間に変わる
密林や砂漠に姿を変えるごとくにの…

もしもじゃ
本当の意味で、循環で世が造られておると気がつく者が増えたならば
世の中はどう変化してゆくだろうかの…
人の子らが考える以上の早さとなろう
場合によっては瞬く間かも知れぬ

心の中が世界を映し出し、自身の心に捉えられるように
逆もまたありきなのじゃ…
心が世界を変貌させるということよ

世はあれやこれやと知りたがる者も多かろうが
どうにして自身の生き道に役立てることができようか…?
人の子らが最も生きやすくいられる時は
自身の心中が穏やかな時であろう
己のため、世界のため、というでも間違いではない
自身を自らからの手で知ることで恐れは消え
心に明るさが灯るものぞ…

朝方の訪問者のその後
実は、朝方に生き霊が訪問してきてから数日後
私は再び、神田さんへ。

新しいお守りをお借りし、古いものをお返ししました。
そのあとで参拝し、お守りがより有効に働くようにと添えてみました。
もちろん、メインは…
震災から一年と二日のことだったのでその祈願でしたが。

ちょっと面倒だけど、すぐに終わりそうな感じだったので
それほど気にはしていませんでしたが、
生き霊がトラブルになる前になんとかしておいたほうがいいのかな、
とも思っていたのです。

お参りして、たった二日後のことでした。

社内の組織改変で、その本人自身がいなくなる可能性が大に。
まさかの展開でした…
本人は、別の人の巻き添えになっているため
その人の意思とは無縁の出来事です。

ちょっと…なんというか
ビックリしてしまった出来事でした。

ただ、恋愛感情を元にした生き霊ってのは
本人の感情がふと収まったあと
そのあとに、ひょこっと飛んだりするものなので、なかなか難しいものですね。
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