見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

天照大神
結構…

日々の中にこそ、己の本懐なる役目は眠る…

今の世の中では己で出来うることも、沢山に見いだせるであろうな
一人がなすことはまだまだ尽きぬもの
今も誰かの助けを必要とするものが多くいるものだ…
遠くを見るばかりでなく、自身の隣におるものもまた
誰かの助けを必要としておるやもしれぬものぞ…
人同士の連携が深く根ざしてこその人の世ならば
己だけの生活をしていても、それはどんなに満ち、幸福なものであっても
閉ざされた生活の中には、大きく成長できる機会はほとんどなかろう。
人と関係しあって生きてゆくが人の世
世が動く時こそ定めを決め、一人ひとりができることを自らせんとするはずじゃの…

先の動乱でも、心に満ちた人々の姿は多くあっただろうが
生かされていることをどこかで知るものは
他者に何かをすることを惜しむはずもなく助けるものじゃ
なにかを得んと、心を埋めようとただ行う者でも、同じく結果はついてまわる
己のことを考える時期になれば必然的に他者へ関わる機会も産まれてくるものじゃ

閉ざされた世界に生きず、積極的に関わる生き方をせよと申すものだ

いつしか己自身が人の手を必要としたとき、必ず助けられるは
信心深い者でもなく、見えぬ世界を大切にし、生きる者ではなかったはずよ
人を助けること惜しまぬ生き方をしてきた者はみな
周りに助けられ、再生する。

日の本の国も、ひいては同じであろうの…
これまで多くの国々がこの国より受けた影響の大きさが
後にこの国を救いゆく
実際、すでにそうであっただろう…
見返りを求めぬ行動の多くは、返ってくるものなのだ

孤独に閉ざされた世界で、一人生きるやり方は古く、終わった。
今、自身の生活を見て、孤独を感じる者ほど
この先なすべきことも多く、いよいよのときがはじまりますぞ…ほほほ

一人とていらぬ者などありはせぬ
苦労してこの世に送り出し、育んできた者がいて
今の己自身が存在する
その努力は無ではなく、在りてしかるべき存在であるという立派な証拠ではないのか
心を開けば受け入れることもできよう
閉ざすな、自身の心の扉を、とな

質問17 罰はあるのか?
まだまだなんとか続いている質問コーナーです。
今週はコチラ

「Q、罰ってあるんでしょうか? 」です。
たとえば万引きした人とか。
小売業なんですけどもう万引きが許せなくて(笑)
そんな人には何か罰的なものはやってくるのかとか…
そんな人の守護霊的な人はどう思ってるんだろうとか…



本屋さんなんかは、たとえ一冊でも高額の本を万引きされると
大変だと伺ったことがあります…。

でも、見えない世界では+と-はきちんと消化されていきます。

万引きしていった人が、代償を払うことなく本を手にしたのであれば
その分どこかで失うものがあります。
知らないうちに、大事なものを落としたり
運が悪くなって手にするはずだったものが、手にはいらなくなったり
様々な形で、-されていきます。
きちんと精算されるのですよ。
貴方にも同様に、不本意な-の分
どこかで+が訪れるようになっていると思います。
なにか、までは分かりませんけどね。
ですから、心に憎悪を溜めないで生きてくださいね。

これは鑑定などでも同じで、情報を得た分
なにかを支払う必要が出てきます。
無料鑑定をどこかで受けたら、募金かなにかで支払っておくといいと思います。
物でも、情報でも労力でも一緒で
みんなプラスマイナスの対象になります。

これは罰とは違って、そういう仕組みと思ったほうがいいでしょうね

罰、というと神仏を思い浮かべますが
こちらは神仏に関した物事で起こることはあります。
ただ、それはもうケースが多彩すぎるので、今回は省略しましょう。

守護霊さんですが、思うことあれど見ているだけになるのではないでしょうか
本人の自由意志をそこまで操作はしないでしょう
ただし、あまりに素行が悪いと格下の霊に交替したりもします。
そういう状況にある本人を正しい方向に導いて
やるべきことをさせていくのも守護霊さんのお仕事みたいですよ。

こんな感じでいいですか?


-------------募集-----------------

今回も、この記事のコメント欄で来週の質問を募集します!

天照大神
そちの目に映る世間の様相、いずれ変化を映すようにもなるの…

日々、あれこれと考えることは手にとるように分かるもの。
前触れは、様々なことから自身の心を揺さぶられ、その中で心中を固め
どう生きてゆくか考えることそのものにある。

個々の人生の中で見つめ直し、考え直しを強いられている立場の者も多かろうが
しかし、それはこの先の人生を生きるための指針をそれぞれの胸の内に
見いださんがために必要な時期ともなるがゆえのことじゃ…

考えることそのもの、必要な部分に起こる
足りぬ部分、不満足な部分に問題は起こり、見つめることをさせるものよ
個々とともにある導きの霊がそのものに考えさせる
今はこれで本当によかったのかと…

個々の心中の見つめ直しが済み、確立した心を持ち
一人すっくと立ちゆけるものは世間の騒ぎに動じることはないものよ
一人が変われば周囲が感化され、それぞれ波紋が広がるように
全体が変わりゆくがこの世の習わしじゃ

たゆたうように世間を生きるもよし、
その中で見つめる世間を映しながら、自分について考える時期なのだ…
それぞれの立ち位置は異なれど、向かう方向は常に一つであるからこそなのである

心の準備が出来たものは動じず、自身の生きる道を知る
道を知るというは、たやすく答えは出ぬものよ
苦しみ、悲しみ、全て人の生きる道にはある
理解した者はその先の生きる道が見えるものよ

どう、苦しみを回避するか否かではなく
そのものの自身は持ちえるものとして大切に扱い、そこから掴みとって参れ…
苦労を苦労と思うては、足が進まぬのも人の道理
生き道にはかかせぬ一片の物として受け止め
検挙に生きることで己が生かされる

心を研ぎ澄ませば澄ますほどに世は見えるものじゃ…

静かに静に居る者を見つめてみよ
そのものが得てきた己なりの哲学があるゆえに
この世界に深く留まり、動かぬように見えるのじゃ

安らぐ、というは心のことに他ならぬ
みな同じじゃ…学ぶ方法が異なるだけのことなのだ
自身がどう生きるか
前向きであれ…
そこにこそ、次の道は開けるものよ…

質問16 天使と天狗
もう16回目。
とても早かったですね~
ありがとうございました。

それでは、早速ですが。

「天使と天狗って共通点があるというか、どこか似てるなぁと感じることが多いのですが、
 全く別の存在なのでしょうか? 」


羽つき、ですね。笑

見た目は似ていますけど、別物ですね。笑
同じなのは、人間だったことがないぐらいです。


●天使の羽

いわゆる神、源に近い領域の存在である天使は
本当にニュートラルというか、癖があんまりないというか…
そのほかの存在ほど、個性が強くはないと思います。

羽になってみえるのはエネルギーではないかと推測しています。
あるいは、人間が「これが天使である」という
ビジュアルアイコンとしての象徴ではないかと。

見える人でもそれぞれのフィルターがあるので
羽があったり、なかったりで見えています。
つまり同じではないのですね。
私自身もあったりなかったりで見ています。
つまり、見た目はあんまり関係ないのでしょう。


●天狗

自然霊の天狗さんは、カラス天狗なんかは立派な羽がありますよね
もともと鳥系のエネルギーから派生した妖怪さんは
デフォルトで羽が見える、在るのではないでしょうか?
深く考えたことはありませんでしたが、
例外なく羽つきで見えてますね…。


共通点として、自然の存在であることとぐらいで
実際には別なんですよ
天狗だけではなく、鳥系の存在はやはり羽つきなように。

たぶん、本当に飛ぶためにあったエネルギー(羽)なのが
妖怪さんたちの羽なんじゃないでしょうか…




------------ おしらせ --------------


この記事からまた質問募集いたしますので、
よろしればコメントをお寄せください!
一週間にひとつ、記事をあげたいと思います。
ですので、週に一つの採用見込みです。笑

来週の記事に、またその翌週の分の質問募集をさせていただきますね~

よろしくおねがいします。

なお、HNはお一人ひとつ。複数のHNでの多数応募はお控えくださいね

質問15 守護の方々の違い
さて、今年も少しだけ残ったご質問について
おつきあいください。


「具体的に守護霊さんがどんなふうにサポートしてくれているのかが
 分かると、なんというか感謝の仕方が違ってくるような気がします。
 またそれぞれの働きやその違いについて
 アップ可能な記事がありましたらお願いしたいです」


とのこと。

守護霊さんからいきますと、生活全般から本人のなすべきことへの道標までいろいろ。
守護霊さんがガイド(指導霊)になっている家では
生活から離れた人生指導のようなこともされていると思います。

日常においては、危険の回避や迷っていることへのアドバイスを
夢や「なんとなく」という感覚で伝えていることもあります。
こうしたほうがいい、と守護霊が強く思っている場合には
よりはっきりした暗示がくると思います。

背中をするどく突かれて、注意を促されることもあったり…
その霊によって違いはあると思いますよ。

また、ほかの霊から護る仕事ももちろんあるようですので
夜、寝ている間も休むことなく24時間勤務みたいです…


守護霊さんの中には特に決まった役割を持っているときもあります。

本人の霊的な感受性が強いため、霊から護るのを専任にしている方とか
仕事面でサポートを受け持っている方、とか
あるいは守護霊さんの元で、守護の勉強をされている比較的近年の霊
ときには特殊で専門的な仕事をサポートするのが仕事ということも。

人によりけり、ケースバイケースといえると思います。
ただ、こういう専門的な特化したものを担当している方の場合
結構入れ替わりがあります。

また複数いる場合には、メインになっておられる格上の方々が優先になるようで
ほかの方々は、あんまり話をされなかったりもします。
順番を譲る感じですね…

これが守護霊ではなく、ちょっと領域が違う天使などがきた場合でも同じく
新しくきた天使がガイドだったり、霊対策を担っていたりすると
その仕事は守護霊さんから移って行くので

おば天ちゃん、なんだかのんびりモードに

なんてこともあります。


見えない世界は謎だらけで、自分も全部知っているわけではありませんが
少しだけお話すると、こんな感じです。

大国主命から唐突なひとこと
これまた展開。

12月18日、セッションのために鑑定をしているときのこと
なにかやたらに光るものが見えるなあ、と思っていたのですが
忙しかったので、後回しにしたのです。

ニギハヤヒノミコト様が繋ぎをつくって知らせてくださったのですが
今回は大国主命でした。

おお、はじめて!と思いつつ、お伺いすると…
え?なんか神田さんぽくない?
そういえば、この数日はお守りが大活躍してたけどなあ…
でも、大国主命でした。

あとでよく考えたら、神田さんも実は同じ存在だったんですけどね。笑
ただ、本元の存在と、分かれて神社でお祀りされている存在は
すこしだけ個性が違っている感じでした。
ほとんど同じですが、ちょっと違うというような感覚。
天使と同じシステムなんでしょうか…。

まあ、それはさておき
今回はひとこと、ということでメッセージを受け取りました。
個人的なことについてのものでした。


 * * *


やれやれ、あれやこれやと世の人々は騒がしいばかりではあるが
一年一年を通して
自分自身を考えるきっかけともなろう

誰も彼も全く同じじゃ…
悩み苦しみ、とまどい、ためらい… そして時に人は天を仰ぎ見て問うのだ
天ではなく、己自身に問うておる

しかれどもその声はよう届くもの
真の問いかけならば、迷わずに直ちに届くものよ

神々とはな、人の願いに応じるが仕事ではないぞ
だが、我らもそう無下にはできぬこともある

他人が、人が、と人のことばかりでは
手を貸しても変わらぬばかり。
己を知るからこその問いならば
いずれ、そのもの自身でもやり遂げることができような

苦労、苦労の果てにと人は申すが、それは苦労なのかと考えるべきじゃ
苦労と思わぬものも多いぞ

一生を終えたとき、真の姿、隠されていた天命が見える
今は知らぬでも充分なのだ

人の身をまとって生きるはたいがいなことではない
しかるべき場所、しかるべき時期を選ぶのは
たいがいなことではないことを知る故じゃ…

人の一生の重さはの
生きておるうちはわからぬものじゃ…

いかがわしい天上の話
私のこのいかがわしすぎるブログが、他人のもののように思えるときがありますが
ここまできたら何もためらいもなく、書いてしまおうと思い立ちました。

これは年単位で昔の話なので、もう時効でしょう。笑

 * * *

その頃、私は友人からある男性を紹介するというメールをもらっていました。

相手の男性も、紹介などで女性に会いはするものの
なかなか趣味を理解してもらえないようで…
そんときに、気にしなさそうな人間(私)に連絡をしてくれました。

OKはしつつも、果たして会うことになるのかな?という
微妙な予感がしました。

一ヶ月経過したときのこと。

ある晩、寝ようとするとラファリンが言いました。
「ちょっと用事があるから、ついてきてほしい」と。

上、のある場所で、入り組んだ通路を抜けると
会議室のような部屋がありました。

O字型のテーブルが中央にあり、テーブル最奥には二つの空席。
その空席の片方に座るようにと誘導されました。
右隣はまだ空席のまま。
私の隣にラファリン、サンダルの順番で座り
さらにその向こう側には、亡くなった先祖が古い順番に座っていました。
O字の左側に15~16人
反対側にも同じぐらい。
自分側と思われる列には、一度も生きて会ったことのない人ばかりでした。
母方のおばあさん(母が中学生のときに他界)に声を掛けられてビックリ

「右はまだ空席だけど、いいの?」と聞くと
「本人がまだ寝てない。仕事中だから仕方ないね」という返事。
本人が誰だか知りませんけど。

そして…とうとう始まりました。
相手側と思われる先祖の人
たぶん、近い先祖でおばあちゃんぐらいの女性が真っ先に
「…変わったお嫁さんだから…どうのこうの…」
すると、その隣も同調

ここで「吊るし上げるために呼ばれたんなら寝るわ」と帰りました。
マジです。

二日後の朝、ラファリンから
「会議がうまくいかなかったのでほかに道ができたよ」
と突然言われました…。



そして、さらにその三週間後
また友人から連絡がありました。

「相手の男性、彼女ができたから紹介の話はなかったことに!」

ええ、天上での妄想会議のときに縁が切れたと思ってました。

見えない世界の縁っていうのは、守護霊さんとか先祖とかが
かなりからんでいるという話を聞きますが
実際、こんなんですよ。笑

しかし、この話はまだまだ続くのです…
友人から電話があった翌日、突然、ほかの縁がふって湧いたのでした。

それはまた、気が向いたらにしましょう。

天照大神
日が一時として休むことはないように
人の生きる日々の中でも同じ日、時は存在はせぬ…

毎日が繰り返しなのではなく、どんなに同じようでも
そこには変化があり
常々に人もまた変わりゆくものなのだ

生きる日々を大切にし目標あらば、その日その時を
己の意思を持って物事を行うことができるだろう
一日を大切に過ごしゆけば、その日のありがたみを知り
その翌日、翌日もまた自身にとって意味のあるものにすることができようの…

成長の繰り返しにしては人の生は長くはないぞ…
過去を振り返りいままで成し得たことから、
自身を正しく評価すれば、
この先何を為すべきか答えはそこにあろう

大きな物事が動く時というは、人は忘れやすいものよ…
己自身の世様に揉まれゆくうちに己が何者であったのかを忘れてしまい
どうにかこうにかと生き進むために、長らえるようになってしまうものだ
毎日を区切り節度を持って正しく生きる…
その繰り返しこそが自分を育てて行くものだ

一年というくくりでもそれは同じこととなろう
心の中で、流れの中で、ふと浮かんでくるは今の己に見合った事象なり
その事象のうちに、解はあるかと人は問うが
解など先に求めてもならぬこと
何かを得てゆく過程の中にまがいものではない本物の魂が宿る

気持を一新して区切りをつけ新しく踏み出すことの節目は
古来より大切にされてきたものじゃ
今に生きる物でもそれはよく知っておろう

日々を長らえるのではなく、意味を持った日として過ごせばよい
それは一年、二年になり長い年月になったとき、ようやく
己の人生を振り返ることになる

成長、それなくして人の道なるもまた遠くなる
成長するという石が不在になれば
ただの生きる者であり、動物と変わりはせぬ

今、明日と、その日何をすべきかを心に留め置き、生活すればよい…

ただ過ぎていく生から目標のある人生へと変換するのは
それぞれの意思であり、ささやかなきっかけからじゃぞ…
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