見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

しあわせの隠れ場所
  しあわせの隠れ場所


サンドラ・ブロックがアカデミー主演女優賞を獲った映画です。

やっとDVDになったので、早速レンタルしてみましたが…
なんか…話がうますぎる…

ホームレス同然の生活をしていた黒人の少年が
偶然、通りがかった裕福な白人夫婦に拾われ、一晩泊めてもらい
そのまま家に部屋を与えられ、車まで買ってもらい…

うますぎるでしょ?
映画とはいえ、これはない…
人生、こんなとんとん拍子なんて普通ないんだから、気持ち的に乗り切れないなあ
まあ、実話だったらOKだけど

なんて思ってたら、実話でした…

「2009年のNFLドラフト1巡目でボルチモア・レイブンズに指名されて入団した
 マイケル・オアーの実話でもある」wikiより

マジですか…
映画の最後では、ご本人たちがきちんと紹介されています。

感動もの、っていう映画ではないけれど、
こんな巡り会いが人生には用意されているんだということ。

ほとんどの分野で下位数パーセントに分類されてしまった優しい巨人を
とりわけ得意な分野に絞って、そこから能力を引き出していったご夫婦

その甲斐あって、アメリカンフットボールの選手になるのです。
記事はココ→ http://www.nfljapan.com/column/10177.html


うわ…と見ているうちに終わってしまう映画なんですが
よくよく考えると本当に凄いことなんですよねえ

時間がたつほど、じわじわとくる良い映画だったので
ご紹介します。

おばあちゃんの言葉
私の友人が離婚するとき、
たくさんのメールのやりとりをしたものだ。

その中に彼女のおばあさんの言葉が書いてあった。


「普通に生きるのは努力が要る」


長く生きてきた人の言葉は、重みがあるなと思う。

たった三十年ちょっとの人生だけれど
私も、ずっとそう思ってきた。

普通というのはなんだろうか

おそらく他の人と比較して平均的であるか、
一般的であるか、
いずれにしても、比較することが含まれるのだろう。

精神世界ではよく言われるのだが
ほかの人と比較をしないこと
自分に今、与えられているものを再確認し
与えられているものに対して、感謝をすること。
そうすることで意識を変わり、流れも変わると…

だけれど、やっぱり普通の人間ならば比較もする。
どんなに努力しても報わないこともあるし、
資質の有無によっては、選択できる人生もまた変わってくる。

ほかの人が持っているものを、焦がれるほど欲しがっても得られない
でも、そのほかの人から見れば自分の持っているものは
なにがなんでも欲しいものだったりするのだろう。

当たり前のように手にしているものも、
ほかの誰かには当たり前ではないということ

「普通に生きるのは努力が要る」とおばあちゃんがいったように
自分だけが得られないということはない

みんな、どこかでなにかを努力したり、あきらめたり
手にしたりして生きているんだろう。

どうして自分だけ…と思ったときこそ
この言葉を思い出せばいい。
みんなそれぞれ違った方法で、努力しているんだと。

結界とか結界とか
チャネリングする上で、自宅には結界を張っておくよう
レッスンでもやっておりますが、実は私はやってません。

なんで結界を張らないの?と言われそうなのですが
まだまだ勉強中の身。
自分の繋いでいるものが正確にとれているのか、
相手がどういう存在なのか、波長だけでおおよそ感じ取れるのか
そもそも入ってきたとき、すぐに自分でキャッチできるのか
そういう勉強をしなくちゃいけないと思っているので
あえて、「いつでも入ってこい」状態にしていたのです。

どうしても気になるときだけ、手刀で玄関に張るだけでした。


チャネリングするときには、霊との関わりもやっておかないと
どうしてもその違いがわからないのです。

なので、勇気のある方はきちんと向き合って
その波長を覚えてみるのもいいかもしれません。
憑かれたら…まあ自己責任なんですけどね…


 * * *


しかし、サンダルフォンがガイドになってから
霊が家に入ってこなくなりました…
玄関や、窓の外にいるのを感じても
中には入ってこないのです。

まあ、ときにはクライアントの関係で訪問してくる霊などもいたり
上の人が入ってきたりするので
自分でややこしいことはせずに任せるという方針をとっていました。

ただ、上の人と呼んでいる、ガイドになるような高級霊であったり
みかけない天使だったりは、普通に家に入ってきて
滞在中の天使となにやら会議をしているときがあります。
そういうのは、おそらく私の仕事に関係していると思われるので
別になにもいわずに、チラリとみるだけにしています。
時々、盗み聴きしようとしてますが難しいです。

そして、高級霊のそのエネルギーの大きさは想像以上で
どうやっても、私は寝られない状態に陥ります…
なので、すぐ気がつくわけですが…
ときどき腹立たしくなって、エネルギー玉を投げつけたり。笑

一度、マスター系のガイドさんが訪問してきたとき
わざわざ玄関のあたりで、ピンポンの幻聴を起こしてくれました…
脳内で鳴るので、ビックリするのですが、
起きて確認してみると、悪い人ではなかったので見逃します。



霊は入ってこないとはいいつつ、夢とかで干渉されたりするので
そのときだけ対応し、
昨日の猫のように「無害判定されて入ってきてしまったもの」は
その都度、適当にあしらいます。

ちなみに、先日珍しく干渉してきた男性の霊は
どうも、「お手並み拝見」のために放置されていたよう…。

石関係といい、霊関係といい
ひとしきりミカエルにチェックされてる感じがあります…

こんな猫いやだ
最近、うちにくる猫がおかしい。
そもそも、ここ一年ぐらいは姿を見せることが減り
アパート猫としての放浪癖を捨ててしまったようだった。

なのに、ミカエルがきてからというもの
猫が毎日遊びにくるようになった。

それも、いままで見せたことがないような甘え方…
隣に座っては、カクっと頭を私の膝に預けて眠る。

「こいつ、ほんとに同じ猫だろうな…
 別猫のようだ…憑依されてたりして…」

疑ってみるも、やっぱり甘え方が異常
それとも、訴えていることがわからないのでつきまとわれてるだけ??

しかし、過去にも同じことがあったので、やはり変な感じもする


 * * *


そんな猫さんが日に二回も遊びにきた日、
夜中に妙な夢をみた。
近頃、夢でのビジョンからの解析が課題になっているのか
やたらに夢をみるのだ…
エンジェルカードでも「ドリーム」ばっかり。笑


その夢はこうだった

部屋にいると、真っ白の猫さんといつもの猫が急に部屋に入ってきた。
いつもの猫は足下をぐるぐるして甘えているが
白い猫はちょっと離れたところからみている。
子猫でもないけど、それほど大きくもないサイズの子だった。

そんな夢のさなかに、自分のおなかのあたりから
奇妙な音が聞こえてきた。

短く繰り返す、ちょっと苦しそうな鼻息


「ぎゃ、なにかいるっ。変な男に侵入されたか?」

起きてみると、なにも見えない

「なんだ、霊か。はぁ…よかった」

呼吸する音は小さい動物の音っぽい
だんだんと顔に近づいてきていたので、こっちも鼻息をフンっと掛けかえしてみた。

「だめだ、こっちが気づいていることに気づかれた…笑」

その音はますます近くにきている。
寝そべった体制じゃ、剣も抜けない…

思いっきり、強い念を送って威嚇してみるも無駄
そこでまた思いっきりパンチを入れてみたら…


あらっ

消えたじゃない!!


すっかり目が覚めたので、分析してみたら
たぶん、白猫さんがきたようだった。
気がつかずにひどい仕打ちを…

でも、体のない猫はもういいから…
そのあたりは理解してほしい…

天之御中主神
ほっほっほ

日々はかげりし、世の賑わいを隠し
この世界の様相、いな人の行いをも明るみに晒す
用意のできているもの、できていないものすべて等しく
時の中では、ふるいにかけられ
自身のこれまでの生き様を自分で目の当たりにすることとなろう

自身にだけは嘘はつけぬ
もがき苦しもうと自分には嘘はつけぬだろう
あれこれと言い訳の多いものほど
言葉で自分に嘘を信じ込ませようと必死なのだな

人の強さ、弱いを目の当たりにしてきたならば
それはやがて寛容へとも繋がるだろうの

一日は早く、一日が早ければ一年も早い
時間なぞあってなきようなもの
ならば、今できることを明日にしておれば
それは現実そのものが止まったままじゃ

言い訳、言い訳、
できぬできぬといっているうちに
あっという間に月日は流れるものぞ…?

ほっほっほ

見つけたっ
この曲が数ヶ月前から、脳内をぐ~るぐる。
カヴァレリア・ルスティカーナが原曲かと思っていたら
全然違ってました…
道理で見つからないわけです。

でもちょっと似てると思うんだけどな~
いい歌詞だと思いませんか?
なんで、これが突然ぐるぐるしだしたのかは定かではありませんが…








ちなみに、カヴァレリア・ルスティカーナはこちら
http://www.youtube.com/watch?v=Xvdig4N0bpk

カヴァレリア・ルスティカーナはipodで聞きまくってる曲ですが
クラッシック食わず嫌いの方には強引に押し付けたい曲です。笑


さて、ついでですので、私めのお気に入りの曲を…

ガブリエル・フォーレのパヴァーヌ
http://www.youtube.com/watch?v=udwWw2AsN88

ラベルの亡き王女のためのパヴァーヌ
http://www.youtube.com/watch?v=fnad7ulkE9k

リストの愛の夢
http://www.youtube.com/watch?v=d6GXdWcl6i0

別れの曲
http://www.youtube.com/watch?v=bx-C-p3gl8A



本人がどれだけ努力したが語らずに
ただ天才といってしまうのは失礼なのかもしれないけれど
なにかに打ち込んだことのある人になら、
天才という言葉の重みがきっとわかるだろうと思う。

辻井さんは、あとどのぐらいの期間、演奏をしていくんでしょう
それを聞いて感動する人間がどのくらいいるんでしょうか…


自分は30代半ばにして、妙に言い訳と嘘がうまくなったけれど
生きやすくなった分、なにも残らなかった気がしてなりません。

昔、「デザインなんかやめて、彫刻家になれ」といわれたとき、
はじめて人に「才能がある」と言われたあの時
「食っていけない」なんていわずに取り組んでいたら
人生はどう変わっていたのか。

たまにそんなことを考えます。

やり直しが聞かない年齢ではないけど、
若い訳でもない。

たまにうちに舞い込んでくる若いクライアントさんには
どうか、自分の道を妥協しないでほしいと願っています。

ミカエルブレス
オークションに出した後、
デザイン違いで販売してきたミカエルブレスですが、
初のスギライトバージョンを作ったとき

一本目→カートに入れて販売
二本目→一本目が売れたあと、なんとな~くまた同じものを作っておいた

うっかりしていました。

お客さんに二本目のほう(写真とは別のもの)をお送りしてしまいました。
石はすべて同じロット、同じデザインなので問題はないのですが
それでも、別物は別物
お買い上げいただいた方へ謝罪メールを送信しようとした時…

「その最初に作ったブレスは、あなたが持ちなさい。
 それはあなたのだから」とミカエル

じゃあ、間違って送ったのは、うっかりミスではなかった?
それでもやっぱり事情を伝えるメールは出した。

「もしも、まだ欲しい人がいるなら
 三本目を作って、それを送りなさい。
 今、手元にあるのはあなたのだから、送ってはダメ」


やっぱり、一本ごとになにかしていて個性をつけている模様
しかし、本人がいるのに必要なんだろうか…
それとも…

すぐにいなくなる短期間ガイドなんだろうか…
謎は謎を呼んでいる。

とりあえず、自分が外出するときにつけるお守り用ブレスが、
最近ピンとこなくなったのもあり、
これをつけてお出かけしている。

スナック。笑
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天之御中主神
ほっほっほ
全ては厳然たる流れの中に在り、
己自身の行く末を腹で決めたときに起こりうる
最善の道のりを掴む機会が与えられたということに他ならぬ

人は、何を言うても人に過ぎぬ…
柔らかく、柔軟な人として生きればよい
物事の本質を見失い、表面的な括りや言の葉に捉えられてしまうと人は
自分の人生の生き方を決め、せまく制限してしまうだろう…

あれはできぬ、これはできぬとした方が時には都合もよかろうな
自由にすればよしと言われれば
渇望した自由もただの退屈になろうが、さてじゃ
ある程度の制限を己に与えた方が
実際、人は前に進む気力も湧くことがあるだろう
一歩先の足元を見ると同時に、遠くの方向を見失わなければ
歩き出せるものじゃ…

人は人、それだけのことじゃ…
神にも仏にもと、思うときもあろうが
人は人で努力することで、
想像以上の結果が出せる強靱な生き物ということを忘れてはならぬぞ
ほっほっほ

よかろう、よかろう…
何を言わんとしておるのだろうか、さてさて
己のことばかりは、人は先は見えぬようじゃ…

今あるからこそ、未来があるもの
しからば、今を楽しむしかなかろう
常々に申してきたのであるぞ…

神霊のこと
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