見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

押入れのちよ
  押入れのちよ



父から貰った小説ですが、クリティカルヒットでした。笑
短編集なのですが、すべて心霊ちょっといい話的な赴きがあり
ソフトオカルトなものを題材にしているのもあります。

怖いっていう話ではなく、ほろっとする話も混じってます。

そのホロリ編のひとつがタイトルの
「押入れのちよ」

格安のマンションに越してきた男性が
幽霊と同居をはじめる話です。
その幽霊のちよちゃんがかわいすぎて萌えます。

私も…、とつい思ってしまうのですが
それはそれで思うだけにしときましょ^^

終盤で「えええええぇぇ」という展開になりますが
大丈夫、最後のページでまたホロリができます。

実際の幽霊もこんな感じでかわいければいいのに…。
それだけが残念。

「しんちゃんの自転車」もホロリ系ですね~


この短編集、後味が悪いのもあるので
好みもあるかとは思いますが、この物語はかなり好きです。
救いのない話は、ほんと“ちょっと待て!”という感じでしたが…

軽い読み物なので、すぐ読めちゃいますよ~
スピ本に飽きたら、気分転換にどうぞ

またまたいってきました
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ニギハヤヒノミコト
しばし、人の流れを見、己自身に映してみることもまた必要じゃ…
自身の周りに集う者こそ、己に示唆を与えてくれる
それらの者を観察することで、己自身が見えてくるのだ

それは、今この時点だけの話ではなく、
いかなるときにあっても
またどのような者においてもそれは等しい…

自身がこの世界を知り
どれだけ成長したのか
自身の周囲の者を見るとよい

悩める者ばかりがおるならば、
自身もまた悩みが尽きぬ状態であるということになるがさて
今、そちが自身の周りを見てどう感じるかが肝要じゃな…

以前と比べて迷いなく明るい心持ちと思えば
自然に周りにそのような者が多くいることに気付くだろう。
して、迷いあり人への捨てられぬ重たい感情を持つ者との縁も
自然に切れる…
それは致し方のないことじゃ…

気持ちを残さず、人との縁を大切にしきったものこそ
「残さぬ」という言葉の本質を知るだろう…

それは一瞬一瞬、一日一日が
かけがえのないものであることを知り、
相手を尊重してきたからにほかならぬ
自身に見返りを願って、人とつきあうときこそ
それが執着となり、禍根となる…

深く知ったであろう…
人の気持ちの深さ、禍根の害成す多さを
執着ではない、いかに相手を尊重して生きられるのかだ…

天使にゆーれい退治を頼んだとき
サンダルフォンに聞いてみました。


私たちが、この地上にまつわる
あらゆる階層に存在するエネルギー体に関わるとき、
その個人の意思を最も尊重するということは、あなた方も知っていると思う。

それは人間だけでなく、かつて人間であったエネルギー体もまた同様に
私たちは扱うのだよ

彼らが持つエネルギー固有の波動はそのまま感情に直結する
つまり、霊の感情はその存在としての在り方を決定づけることになり
あなたが望むように浄化された存在とするためには
本人の意思である感情そのものを変えてしまうことになる。

それを受け入れる者には、浄化の光を与え
道しるべを伴い、光へと誘うだろう

しかし、そう願わず己の意思を持ってこの世界に関与し、
自分のしたいことを続けることを選択する者もいるだろう。

それを生きている者は何と呼ぶだろうと、私たちは等しく扱う
どのような意思であれ、それを手放さないことを選択するのであれば
個人から放してもまた元へと戻り
自身の続けたいことをすることを続けるだろう。

しかし、それもまたそのエネルギー体のしたいと思う
学びの一過程に過ぎない
だから私たちはその意思に反して、強引に変えてしまうことをしない。

あらゆる合意の元で行うときには、相応の処置もされるだろうがしかし、
私たちはいつか彼ら自身で気付き
自らの意思で持って、光へ向かうことを願い続ける。

生きている者
死という過程を超えてエネルギー体として留まる者
その垣根を越えて、私はすべて等しく見守ってゆく

それがルールであり、私たちの人への愛情なのだからね

映画 ラベンダー
ラベンダー  ラベンダー


ケリー・チャンと金城武の映画
全然、天使ものとは知らずに借りました…
目の保養に借りただけなんですけどね。笑
金城武って、むくむくの子犬を思い出す顔でかわいいから…

見始めてビックリ

まあ、天使もの映画のいつものパターンですが
傷ついた天使が空から落下してきて、
主人公の家に居座る話です。

中国の映画だからでしょうか、フレッシュな味わいで
なかなかおすすめです。


アテナ(ケリー・チャン)が驚いて警察へ電話するシーンでは

「う、上から羽のついた白い人間がうちのテラスに落ちてきました」
「ご心配なく、黒い羽のついた特殊部隊を向かわせます」

誰がうまいこと言えと?しかも来ねえし。笑


また中国語で「天使」は「ティンシー」と聞こえるんですね…
ホントに天使の部分だけ日本語に聞こえてオツですよ


また自分が天使と言い張る金城に

アテナ「分かったから、飛んで帰って。そしたら信じるから」

普通に面白いんですけど、この人。笑
また、傷ついた羽に赤チンを塗ってあげてる様子も笑えます。


さて、この映画では羽はどう描かれてるでしょう?
寝るときはコンパクトになるんですね。収納式になってます。

「気分はどう?羽は?」
「たたんだ」
「その服…」
「戸棚から」
「勝手な人ね、地上ではタダのものなんかないの。宿泊代もらうわよ」

中国っぽくて最高です。


そして、ラストシーンの店の名前は見逃してはいけません
ミケランジェロは
Michelangelo、Michelーangelo なんでしょう。


中国映画、久々に面白かったのでご紹介します。

昨年の皆既日食
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ニギハヤヒノミコト
ためらいてらい、人の心はあるがまま
それを受け止めよ
伏してなかったことにはならぬ…

心の動きが表すものは常々人の行いの結果である。
行いが変われば結果が変わるように
心もまた変わりゆくものなのじゃ…
ゆえに心が変わるとき見誤ることはならぬのだ

なにゆえ、そのように心が動くのか
それを正しいまなざしで見よ
己の欲得がからまぬよう、正しく正しくある状態でしかと見るべきじゃ…

隠されたものが明らかになれば、その都度、人の心は理解し
納得し、安心するか、動くかするであろう。

揺れる心に翻弄され、己を見失うのはおろかにも思えるが
それは方法を知らぬだけなのじゃ…

常に真っ直ぐな自身でありたいと願うならば
物事を斜には見ず、正しく見ることに向かい合うべきじゃな
それが今の答えそのものである。

ニギハヤヒノミコト
時満ちて、人の生、駒を進める時に在り
この生で己が何をし、何を成さんとしてきたのか
それが分かれば生きやすくもなろう
しかし、それを使命と呼び、己の生へのよすがにするのは間違いじゃな…

使命とは己のすべきこと、己の魂の声、信念のもとに成り立つものであり
それらの基盤なくしては成されぬものである。
使命が欲しい、知りたいと願うのは
己がこの生に生きていてもよいのだという許可を願うのと同様
そのようなものなくしても人は生き、
生かされる権利がある。

すなわち使命という言葉に、何を求めておるのかじゃ…
そこで明暗が分かれよう
器なきものに荷を負わせても、人は壊れるばかり
ささやかなことで揺れる人の心を知らぬ我らではない…

この世にはな、
生かされ、護られ、育まれているからこそ、いられるものである

それは神々からだけではなく、
家族や友も等しく同じことであるのだ…
それら人同士の関係を大切に育めぬものには
見えぬ世界とのよりむずかしい交流は成り立たぬ…
人同士あってこそじゃ

その先々のことは真
天にまかせるほかあるまい…

大天使ミカエルの超守護パワー
  大天使ミカエルの超守護パワー


レビューしたい本がたまりつつあったので、本棚に風水の本を取りに行きました。
が、気になってつい持ってきたのがこの本。

たま~に、こういう天使の本を見ると
心が温まります。

相変わらず、素敵なネタ満載で
どれをピックアップしようかと思いましたが
気に入ったのはコレ

「天使の姿を見たい&コードカット」を依頼した女性の家で、
剣でぶちきられたかのように、突然スイカが割れたという話
丁寧に下4cmほどが残されていて、転がらないようになっていた…とか

「家の鍵を1時間ほど離れた工場においてきた」方は
電話しても担当が出ない電話にイライラ…
すると、マイケルと名乗る男性が電話にでたそう。
その方に、工場に鍵がないか捜索を依頼したところ
「鍵は貴方の車の中にあります」と繰り返し断言するのだと言う。
すでに大捜索した車だったけれど、
なにげにハンドバッグをどけるとそこには鍵が…

「ギリシャでタクシーがストライキだった」ため足に困ったケースでは
突然、マイケルという男性が現れてバイクにのせてくれたという。
目的地でバイクを降りて、落としたバッグを拾った次の瞬間
そこにはもう誰もいなかったと…


こんなお話が満載です。^^
結構楽しい本なんですが、紹介文を書こうと思った瞬間分かりました…
風水の本ではなくて、こっちをなんとなく持ってきてしまった理由が。

セッションの途中で、これ以上はできないと思っていた分野は
そのままミカエルの仕事分野として
ばっちり紹介されてました。
この日、メールで何度かやりとりをして状況を聞いていたので
なんとかできないものかとは思ってましたが
こんなところにサインが転がってるとは。

早速、相手先に出向き
ミカエルとラファエルのコラボで
セッションの続きをさせていただきました。

守護霊、神霊の聞こえ方の違い
昨日の記事について、微妙な続き。

守護霊さんたちも、人間同様に修行したりなんだかんだと
行程を通じて、より格上の霊へとなっていくらしい。

だんだんと上の霊になっていくと
人間のときのこだわりなども薄れていく

食べ物への執着(好み)とか
嗜好品
ファッションのこだわり
メイク

そして、しまいには言葉なども薄れて
思考での会話になっていく。

神霊との交信で、外国人が神霊とチャネリングできるのは
そのチャネラー自身の脳内辞書を使うから可能だと書いたことがあるが
それはむしろ言葉ではなく意思のやりとりに近いからこそ
可能になることともいえる。

逆に、大学で日本文学を専攻したような方とかに比べると
圧倒的に、私の日本語辞書は貧相なので
どうしてもときどきしっくりこないときもある。
古い日本語としては、文法がおかしいんじゃね?と
自分でも思うときがあるが、意思で受けたものを日本語にすると
どうしてもその程度の翻訳しかできないので
もうそれは諦める。キッパリ
意味はわかれば、それでヨシ

翻訳ということそのものをどう説明していいのかわからないが
敢えて言えば、日本語ファイルが入っている自分の脳みそを
自分と神霊というふたつのエネルギー体が共有して会話する感じに似ている。

たぶん、長い時間をかけて
人間の言葉もなくなっていったのだと、そんな風に思っている。


一番困るのは、意思で来たものなので、
どういう単語を使いたいかわかるのに
どうしても単語が出てこないとき。
そういうときは、チャネリングが一旦止まりかかる…
現在では、その意思が指す言葉の行為そのものがなかったりすると
もう完全にお手上げになる。

そういうときには、紙に
「こういう感じで…」と書き、そのまま続行する。


守護霊さんの言葉は、方言もあるし
普通に話す感覚なので、困りはしないのだが
ときどき神霊の会話では、そういうことになっている。
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