見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

豊受の神
『そちの日々、これから先もこれまで同様に
 己を振り返り、そして成長するためのものぞ
 生きる上での己を希望と本来の目的が異なるとて
 あきらめることもなかろう

 本来の自分とは、そちもよく知っておろう
 己の人生の目的や計画を知り
 促すものじゃなあ

 人の多くは、本来の自分より遠ざかり
 ますます本来のなすべき計画より遠くなってしまうものよ
 その差を埋める手だてとなるのが、
 本来の自分、高みにおる源へ戻った己自身との対話となる

 その両者の方向性の重なり、きちんと見定まらぬうちは
 人は現実の生活の中で、目先の幸せだのなんだのに翻弄される

 まず、己自身の計画とは何であったのか
 真摯に考えてみることじゃ…

 それを本気で腹に据えることができれば
 現実の生活で、あれがうまくいかぬ、これが手に入らぬと嘆くこともない
 すべて、己自身で決めたことの一環であるからじゃな

 人の不平不満はうまく生かせねば
 いたずらに人をおとしめることにもなりかねぬ
 しかしとて、それを励みに精進するものは
 元の計画以上の功績を残すこともできうるはずじゃ

 人の人生とは、ゆとりを持って計画されておるもの
 それ以上に成すか、計画半ばで打ち終わるのか
 そのもの次第じゃ…
 そちもいずれ、己自身で選ぶとよい…』


「自分を信頼するというのは難しいことですね」


『自分自身が何者であったのか
 よくよく理解できれば無限であったものを。
 人らの良きところは、
 制限を超えて大きくなれる見通しを持つものもおるということじゃ
 それらはやがて、還元され
 他の者へも大きく影響を与えることとなる』


「現実に不満があるとき
 本来の計画を見直すこともやはり必要ということでしょうかね…」


『然り
 そのもの内にすべては眠るものじゃ…
 本来の自分を知る手だては、日々己のしたこと
 考えたことを振り返り、反省することからじゃ

 世に、高みにおる己自身と対話したいというもの多かろう…
 まず、己の内側を見ることからじゃな
 器のないものに、ある日突然言葉が下りることなど勘違いなのじゃ…
 器を作るのも作らぬのも己自身
 高次のものとの対話なぞ、本来は不要なのじゃ…
 ゆえにそのような見てくれだけにこだわることなく
 日々、自らの努力で己を高める姿勢を持つことじゃ…
 自身でと思えば、何者やにだまされることもなかろうよ』

5人の大切な人
前の会社にいたときの話

OJT研修で私は時期をずらして二人受け持つことになった。
その片方の女の子がある日、語った。


夕べ、夢を見たんです。
亡くなったおばあちゃんが出てきて
こう言ったんです。

「人生の中で、5人、大事な人に出会うよ」

おかしな夢ですよね。


なんだかおかしい話とは思えなかった。
本当に、彼女のおばあさんが語った話に思えて仕方なかった。

「5人か…もう会ったのかなあ」

「私は確実にもう一人は出会ってるな」

「誰ですかっ」

「言うわけないじゃん。笑」

しかし、そのときに思いついた一人は
結局のところ、過去生で何度も出会ってる人であり
そのときどきに、自分の人生に転機をもたらす人だった。

あれから早10年。
カウントは3人まで来ていると思う。

あと二人は一体誰なんだろうと、たまに思ってみたりする。

サンダルフォンとの会話
謎の天使、サンダルフォンが対霊関係を面倒みてくれることになって
数ヶ月経った。
しかし、本などで仕入れたサンダルフォンの仕事と
霊関係はどう考えても接点が見つからない。
その点を尋ねてみた。



私の名はサンダルフォン

貴方は知っているだろうね、笑

役割というものは、それぞれの天使の持つエネルギーに依拠し、
人間が理解しやすい形でキーワードとして与えられるのだよ
それが今、貴方の知っている、優しさ・音楽・神との繋がりだね。
キーワードに目を向けると理解しくいだろうから
私自身の持つエネルギーと、この世界への関与について考えよう。
そうすると理解が早いよ

私はこの世界に生きる様々な人たち、動物たちを含めて
多様な関与があるが、
その中で人と接する場合に絞ろうか

人というのは生きている人だけではない
私たちは死してスピリットだけになった存在にも
同様に関係しているのだよ
生きている人だけ、という見方はしない。
体があっても、なくてもひとつの尊重すべき魂なのだからね
貴方は亡くなった人と接するのを嫌がるだろうけど
広い心で見てみれば、自分と同じ存在であるとわかるはずなんだよ
それぞれの理由を持って、それぞれこの世界に留まる魂たちは、
心に思いを抱えたまま体を離れたことによって
その感情というエネルギーを方向づける術を失ったまま
方向を変えることができずにいたのだ。

私は彼らにも神との繋がりを取り戻し
それぞれの内にあった神性を見いだす手伝いをする。
それが神との繋がりという表現になっているだが、
元々は魂の一部は神との繋がりを持ち
誰でも神性を持っているものなのだよ

迷い、道がわからない者、絶望している者、悲しみの淵にある者
全てきっかけがあれば、そのうちに眠る神の光を
自らの手で引き出すことができるようになるのだよ
こと霊に対する目線で言えば、
彼らにも神性を宿していることに気がつかせること
そうして私はあるべき場所へ彼らをガイドする。
どうやって神性を引き出すか?
人として生きているうちは現象を求めるだろうからわかりにくいかもしれない。
魂の世界では、全て波動が相手に伝わるから現象は必要としないのだよ
安心させ、安らぎを与え、理解し、
自らが何者であったのか思い出させる

もうわかっただろうね…
これらが、優しさ・音楽(波動)というキーワードに変化して
この世界では捉えられるのだね。

私たちは生きている・いないということにはこだわらない。
体があるから生きているというのであれば
私たちは死んでいるということになるからね。笑
そうではないだろう?

魂をひとつの尊重すべき、愛される存在として認識することだ
私はそういった迷える人々が、
貴方に助けを求めたり、引き寄せてしまったときに
彼らをあるべき場所へ連れて行くのが仕事になる
先日も言ったように、排除ではないのだよ
貴方から排除するのではなく、
貴方の手に負えない仕事を、私が担当し
彼らに直接関与してゆくということ

私の本質は安らぎと、そのうちに眠る神性を見いだす力を与えること
それが本来の私の力

豊受の神
「逢魔が時って、実際あるのでしょうか?」

『然り
 ほほ、その手の問いはそちは好きよのう
 人らの世界に隣接する界域のことは我らはあまり関心を持たぬものじゃな
 しかし、そちの学びの一環として含まれるものゆえ
 答えような、ほほ
 逢魔が時と申すのは、その手の者らが動きやすい時間帯と
 人らの活動…陰陽がちょうど入り交じる交替の時刻となる
 陰陽と申すのは、日・夜のこととなる
 それぞれが動きやすい時間帯とは、
 そこらに介在するエネルギーの存在によるものじゃな
 あれらの界域の者には日の光はあわぬ
 日が枯れ落ちた時刻が動きやすい時刻とな
 夕暮れにはちょうど交替の時刻じゃなあ』

「夜の神社は行かないほうがよいというのは迷信ではないのですね…」

『知っておろうな
 日の落ちるころまでじゃな
 なにもやも全てが安全という場はないぞ
 人らが己自身で身を守ることよの』

「夜にほかの存在…宇宙人やハイヤーセルフや天使との会話をするのも
 同様なのでしょうか?」

『無論よの…
 しかし我らの名を騙らんとするものの多くは
 この地に古くからおる魂どもじゃな
 ゆえにむざむざ天使のまねごとをするよりは
 我らを騙るものが多かろうなあ
 そのものの意識の中、潜在する姿や声を
 まねることなぞ簡単なこと
 いつか聞いたであろうに。
 それぞれの見分け方は己の感覚に過ぎぬとなあ
 語る言葉、言い回し、悪意の念、それぞれ何かひっかかる部分があれば
 相手にせぬことじゃ…
 何か教えを請いたいという人の願望すら筒抜けとなるもの
 耳を傾けることが分かればいつくものもあろうな
 こと慎重にすべきは、日ごとに声をかける回数が増え
 無理な行動を示唆し始めること…
 本来、我らは人らには必要なことを必要な時期にしか言わぬ
 無駄な軽口なぞ必要とせぬ
 それでもなお、多くを語ろうとするのであれば
 なにゆえ、そのように多くの接触が必要になるのか…
 そこに目を向けるとよい
 必要な事は一回で済むことじゃ』

「このような話題でしたが、今日はありがとうございました」

ある日のおじさん
ある日、もの凄い久しぶりに会社の非常階段の電気が点いた。
これは、おじさんの霊がいるときに頻繁に起こっていたことだったが、
上に行ってからは、本当に重要なことがある前日とか
大事なことを言いたくなったときに、ごくまれに点くだけとなっていたのだ。

非常階段で、喫煙をしていると、

おじ「おはよう~」

妄想かと思って、最初は無視してしまった。
偶然、なにかのはずみで電気がついたんだろうと。

おじ「おはよう~」

今度は会話をしてみた。

紫音「おはよう」

おじ「仕事はどう?」

紫音「ん~、さすがに減ってるね。100年に一度の不況なだけはあるよ…
   これから会社もどうなることやら…」

おじ「なるようにしかならないだろうけどね
   頑張っていれば、それが実になる日はくるもんだよ
   それがすぐじゃなくてもね
   今、きみがやってる裏稼業でもそうだろう~?
   すぐには分かって貰えないかもしれない
   でも、種はまいた。
   それが芽を出して、花を咲かせるのを見られないかもしれないけど
   いつか伝えたことは、その人には実になる日がきて
   思いだして貰える日がくるものだよ
   私もね、仕事していたときには上司に怒られたことがあってね…
   その真意が分かったのは、大分たってからで
   もう上司には会えなくなっていたけど、後で感謝したね。
   そういうものなんだよ。
   すぐに、誰もが結果を出して理解してもらえるというわけじゃない
   今やってることは、無駄にはならないよ
   それにしても、自分も大変なときに人の相談に乗るってのは
   本当に大変なことだと思うよ
   一人じゃ分からないことも、人に相談するうちに見えてくるものもあるし
   相談にのってくれる人がいるというだけでも
   随分心強いものなんだよ
   だから、頑張るんだよ」

紫音「分かった、ありがとね」


そういって、喫煙タイムは終了したが
これまでの流れから言って、この先になにか“この仕事がイヤになること”が
あるような気がしてならない…

(これまでおじさんの話は、「そのへんの霊」カテゴリーにしてましたが
 それじゃああんまりなので、守護霊カテゴリーにしてみました)

エレベーター
私は、とあるビルの5階で労働している。
残業を終えて、帰ろうとしていたときのこと。
エレベーターは4階に停止していたが、▼が灯ったまま、動く気配がない。
乗り込んでいるところなのだろうか…。
時間がかかりそうなので、先に▼ボタンを押し、コートを着こんでいた。
すると、誰も利用しなかったのか、エレベーターは▲表示に切り替わり
すぐに自分のフロアへやってきたのだ。
扉が開き、1階のボタンを押すと、静かに閉まる。

…なぜだ
…なぜ、誰もボタンを押してないのに、4階で止まるんだよぅ…

4階で扉が開くと、電気は消えており暗闇だった。
このフロアは残業なんかしているのをみたことがないばかりか
ときには平日も空いてないことがある。
事務所として使われているフロアだ。
この時間なら人なんかいるわけがない。

とはいえ、すぐに閉まるものと思い
少し待つが、全く閉まる気配がない。

いつもは数秒で閉まる小さいエレベーターなのに
なにゆえ、閉まらないのだ?

…………。

紫「4階ホールのボタン壊れてる?」
 (きっと、下へいくボタンが入ったままだろう)

仕方ないので、閉まるボタンを連打
全く閉まらない。

紫「このボタンまで壊れてる?」

そんなわけない…
上で乗り込んだときには閉まるボタンは使えたじゃないか…
そもそも、無人ならフロアごとにエレベーター停止のロックがかかり、
4階には停止しないはず。

しかも、今さっきまで▼表示がついて4階で停止&開扉していたあと
利用がないから、私のフロアに上がってきた…ということは
たった1階分移動する間に、また誰かが下向きボタンを押して
ホールから姿を消したことになる。

…意味が分かった。

紫「オラオラオラオラ!!!!!!!
  とっとと閉まれよ、この野郎!!!!」

ボタン連打。全く無理。

紫「オラオラ!!!!!!!!!!!!反応しやがれ、なめやがって」
紫「天使じゃオラっ!!!」

紫「サンダルフォン!!!!!」

数秒たって、扉はスルスルと閉まり
何事もなかったかのように1階へ着いた。

紫「なめやがって、クソアマっ」(映像では女だった)

駅までの道のりで思った。
人間が窮地に追い込まれたとき、地が出るというが
いくらなんでも、私は口が悪すぎるだろう…。

豊受の神
『なんぞや』

「思ったのですが、時間軸を超えることができるようになれば
 人間の文明は一気に発展しそう…な可能性はあるものなのでしょうか」

『ほ、知りうるところまでじゃ…
 さよう、時間をあやつることができれば人らの社会はめまぐるしく変わろうが
 それはある一定の認知を人らができてからとなろうなあ
 もし、じゃ今の人らに過去をかいま見できるものが与えられたとて
 人らは何を見ような
 真実を直視できぬやもしれぬ
 真、そのような技術はいつしか世にでような
 しかしとて、使いこなしにはまだ早い
 そのような発明の多くは天からもたらされる技術ありき
 中には取引で他の者らから取り入れる輩もおろう
 だが、人ら自身が今すこし己ら自身のことを知らねばなあ』

「とてつもない過去に遡って、宇宙人やら
 人でない形をした人を見てしまうとか想像しました」

『ほほ、あろうな
 人らにできる見ておるものの大抵が制限内であるということじゃ…
 必ず誰かが介入しような』

「では、時間軸を超えることができるのはいつかは可能になると?」

『いつかはのう
 今は人が追いついていないゆえに技術もおりん
 然り…しかし
 今や人らの社会は根本から変わる兆しがあろうな
 だから言うのじゃ…
 可能性のないものを言うても仕方あるまい』

「そのような技術でどれだけ変わるのか…ワクワクします…」

『他愛のないことよのう…ほ
 人らが何のために使いよるか
 おろす時点は大抵は決まっておる
 善いもわるいもすべては出来た時点は使用途は決まっておるわ
 見えておる…に近いであろうな
 銃も然り、爆弾も然りじゃ
 誰が人らの社会におろしたのか検討がつくやもしれぬな』

「兵器の技術をわるい存在が教えるという単純な話ではないのでしょうね」

『ほ、さよう
 善いわるいは人らが決めることじゃ
 千差万別、誰がどうというのではあるまいよ』

「近頃、良い目的ではない宇宙存在がエネルギーを伝授していると
 ヒーラーの先生仲間で持ち上がっているようのですが…」

『その者らは分かるものらであろうな
 エネルギーとて、その者らには性質を感情として受け取れるのであろう
 まさにこれも千差万別
 これは善きもの、これは悪しきものと簡単には分けられぬ
 その都度、変わるやもしれぬ
 その都度、相手が交代するやもしれぬ…
 だからこそ、人は誰かに真実を求めるのはやめにして
 己の感覚を磨くべきなのじゃ
 己自身で見極めの進むときには間違いもしようなあ、構わぬ
 それも学びじゃ
 あれこれ思索にふけるより、己の信ずるところを進み
 社会に示すがよい
 これが己の生き方であると…。
 人と違って何がわるいのじゃ…』

チャネリング中に言い間違えると…?
実はチャネリングしている最中に日本語を間違えて
面白いことになったことがある。

通常、高次の存在→自分 の翻訳は
相手の念のような意志のようなものを、脳内辞書で自動翻訳して言葉にする。

しかし、その逆は今だにもって謎だ。
一体、むこうはどうやって受信しているのだろうか…
思いは伝わるというぐらいだから、
自分の言葉ではなく、想念で受け取ってくれるのかと思っていたのだ…

ある日、レミちゃんと会話しているときに
妙にハードルの高い提案が出た。

紫「ぇぇぇえええ。無理だよ、そんなの!
  私のこと、見くびってるよ!!」

と、言ってしまった。
本当は「買いかぶってる」と言いたかったのが、
素で言い間違えた。

急に会話が途切れて、受信が切れたので

紫「 (´・ω・`) ……何?」

と訝しく思っていたのだが、自分の盛大な間違いに気が付いた。


言葉を間違えてしまって、言いたいことが伝わってなかったのだと思うが
それにしても、こんなこともあるんだなあ、と不思議な気持ちになった事件だった。

イマジナリー・フレンド
子供がよく「想像上の友達」を作り、会話しているというのは
わりと有名な話だと思う。
いわゆるイマジナリー・フレンドというものだ。
これ、実際に見える人には、そのまま子供が思い描いた姿で見える。
でも、そのイマジナリー・フレンドは子供の想像のもの。
それがなぜ、見えるのかというと
子供の念でできあがってしまうのだと言う。

なにも知らされていない第三者の見える人には
虚像だけどたしかに子供が見える、そんな感じらしい。
ただし、その見えないお友達が
イマジナリー・フレンドなのか、霊なのか、ほかの存在なのかは
検証がいるだろうと思う。


これって、今流行の不思議な子供たちとは、どこが違うのかというと、
イマジナリー・フレンドは想像している子供から離れない。
また、知り得ない事実を教えてくれたりと未知なる話は一切ない。
そこがちょっと違うところだ。
もし、子供に天使の概念を植えて、天使のイマジナリー・フレンドを作ると?
見える人には一見、天使らしいものが見えてしまうと思う。
しかし、そうはいっても子供のイマジナリー・フレンドは
物事が理解できる年ごとになると自然に消えるから心配はない。


実は、最近、スピリチュアルに傾倒する大人でも
普通にイマジナリー・フレンドをつくっていることに気がついた。
それも一人、二人ではない。
これまでは「よくわからないもの」として扱っていたのだが
これがイマジナリー・フレンドってやつだと分かった。
タルパに似ている。
ダスカロスの本にも、相応の存在が登場する。

昔、天使だと紹介されて見た存在と話したことがあった。
…なにか違う…のは分かっていたが、
とくに悪い存在ではないので放っておいた。
おそらくそれもそうだったのだ…

想像主以外にも、話せる人がいれば会話は成立する。
念の固まりでも成長はするから。

それは、本人の励ましになったり
進むモチベーションアップになるのであれば、別に構わないだろうとは思う。

しかし、悪い方向へいくと
そのイマジナリー・フレンド高次の姿版は
いつしか、怪しのものに利用され、本人に働きかけることがある。
もしくは、作り手の心に依存し、暴走するときもある。
最初は、他愛のない話し相手だったイマジナリー・フレンドも
語りかけてきたり、指示するようになってくると
これはチャネリングと混同されてしまう。
本人には違いは分からないだろうと思う。
まして、セッションなどを受けて「天使が見えますね~♪」などと言われたら
もう疑う余地もなくなってしまう。

イマジナリー・フレンドは自分で気がつかないと溶けないだろう。
かつての知り合いは、
目を覚ますために強引に入院措置を取らせていたこともあったが…

見えない世界は、慎重に進んでいって欲しいと最近切に思う…。

豊受の神
「実は神社へお参りする度に、背中がすごく熱くなるのですが…
 これは何でしょうか…」

『よかろう…ほほ
 神々のエネルギーと簡単に申せばそれで終いであろうが
 社とは、人と神を繋ぐ窓口になっているところじゃ
 ゆえ、人々の中でも体の感覚で感じられるものにとっては
 そのものなりの反応で感じておるだけのこと』

「背中…というのは私だけかと思っていましたが違うようです」

『ほほ、神々のエネルギーはときにそのものの身体の中でも
 周囲の衣となる部分に接触し、
 その中でも熱を感じやすいところに表れる
 背中、というのはそのものへの窓口としてあらゆる存在がつく場所
 首から背中にかけ、そのものへの想念が送り込まれる場所ともなる』

「受信は目や頭のチャクラと思っていましたが…」

『そのものへの言葉としての伝達はそれぞれのチャクラを通して行われる
 器官のある場所じゃなあ
 しかし、背中側には直接関与できる広い窓口が開いておるのじゃ
 神々だけではなくあらゆるものが
 働きかけるときに窓口から接触する、そういうことじゃ
 窓口が背中にあるゆえに、背中で感応するだけのこと
 まさか、神々が背に乗るとは想像しておらぬな、ほほ』

「いや、一瞬思いました…今日はありがとうございました」

『よろしい…』
Copyright © 紫音のスローペースなチャネリングで。. all rights reserved.