見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

才能って?
高校時代、私は吹奏楽部に在籍していた。

その頃、先輩の中に一人、某演奏家に師事しているセミプロ並みの人がおり
その先輩といっしょに演奏がしたくて同じ高校に来た、という人が
何人かいたものだ。
それも、浪人までして…だ。高校なのに…。

その先輩K氏は、無論完璧な人間ではなかったが
音楽のことになると、とても面倒見がよかった。

中学時代、ひとつ下の学年の金管吹き(B)が

先生「君はあまりに音程が合っていないから、音は出さずに演奏しなさい。
   それでコンクールに出よう」

と、演奏する人間によってはあまりに酷な宣告をされた。

K氏は、そのBに個人練習を開始した。
Bは信じられないことに、
実は、誰もが目を見張るような才能を持っており
その練習を期に、メキメキと上達した。
私が高校でBに出会ったときには、

紫「……すごすぎる……」

オーケストラ用の楽譜をブラスバンドに書き直すと
大抵はいくつかの楽器が無理な演奏を強いられるのだが
その楽器で、きちんと演奏をできるのは、結局B氏しかおらず
一部分はほとんど一人で演奏していたぐらいだ。

無論、そのバンドが過疎化していたというわけではない。笑
70人を超える部員がいる中で、だ。


Bはその後、音大へ進学した。

一方、K氏は音楽家にとっては最高峰の学府を出て
海外を廻り、そして今、日本で演奏家として活躍している。

Bの才能を見抜く、、中学時代のK氏もすごいが、
もしあのときに、先生が匙を投げたBを見放していたらどうなっていたかと思う。
天賦の才能を持った人間が、一人、世の中に出ることはなかっただろう。



本当に、縁というのは不思議だなあ、と思う。
人生の中で一番適した時期に
必ずいつか師となる人間に出会う。
私も出会った。

才能は人それぞれで、自分の好きな才能を残念ながら選べるわけではない。
しかし、人生の中に用意されているチャンスを逃してしまったら
せっかく持ってきたものも無駄になってしまう。
その延長線上にあるはずの自分の学びの機会も、きっと消えるだろう。


もし、目に見えないものへの能力に拘りすぎて
自分の持ってきた本当の才能や力に気が付かないままだと
これ以上に勿体ないことはないと思う。

世界はいろんな仕事をする人で成り立っているように
スピリチュアルに興味があるから、と
皆が皆、このような世界に仕事を探す必要はないはずだから。


…もし、自分で好きな才能が選べるのであれば、
今以上の努力が必要だったとしても、私は彫刻家になりたかった。

まあ、夢物語なのだけれど。

天鈿女命
『ほほ、わたくしどもの世界におきまして
 人の世の動向いかんにとどまらず
 ありとあらゆる事象を司り、そして観察しておりますもの
 ゆえに人の世界の中で何が起きていましても
 仲介、手出し、そして無為に変更さするなどできぬものです
 日本に神々がおるのに、なぜこのような酷い有様なのかとお思いでしょうかが
 なにも神々が何も思わぬというものではありません。
 しかしながら、私は縁あって貴方の守護する神々との仲立ちとして
 こうして対話する機会を与えましょう
 貴方の目の前の、貴方の人生というものを悲観し、
 何もする気の起きないまま無為に日々を暮らすなぞ
 明らかな過ちなのです。
 何が、今の貴方を進ませているのかよくご存じでしょうね
 今やらねばならないこと、それは機会を逃すと
 いよいよ遠回りになるものです。
 ですから貴方自身のために、自身を磨き、成長し、
 あるべき位置につかねばならないのです。
 そうして、あるべき位置に収まってこそ
 本来の計画通りに物事が動くもの。
 人はみなそうして成長の段階を踏み、
 お互いに影響しながら育つものです。
 嫌な人や自分本意の人もいますでしょう
 しかし、また彼らもそれぞれの成長の段階にいるということ
 全ての人々はその途中であり、
 完成された人なぞ、一人としておりません
 ですから、人同士が一緒に手を取りあうのが必要なのですよ
 神々の世界は人には万能に見えることでしょうが
 実際には手を出さないことも多々ありましょう
 中には畏れ多いと感じる神々もおりましょうし、
 気むずかしいと言われる神々もおります。
 私たちもまた完成形ではないのです。
 人の世の動き、この世界の移り変わる様を見ながら
 学びことも少なからずです。
 あなた方人らの成長を見守るともに、ときにはそっと使いを送り
 そうしてなお、あまりある好機をもたらし
 その機会をきちんと生かし、学ぶことができるか試すものです。
 ようやっと貴方の霧は晴れました。
 扉が開いたということです。
 恐れることなく自分の人生を切り開く努力をなさい』

引っ越しした夢
引っ越しした夢を見た。

ある朝、目覚めるとカーテンがひかれた薄暗い室内で
私は何もない、がらんどうとした部屋にいた。
起き上がって、自分のベッドを見てみると
ベッドすらもなく、布団が一式、フローリングの上にひかれている。
私はそこで眠っていたようだ。
隣の部屋は広いキッチンで、まだなにもない。
左手に風呂や洗面台へとつづく扉があった。

キッチンで妹が手を洗いながら、
おはよう、と声をかけてきた。

そうか、これからこの部屋に荷物が運ばれてくるのか…

まだ引っ越し前の準備が整っていない部屋の夢だった。



その当日、現実の生活の中で起こったこと…
天鈿女命と最初の対話がはじまった。

その会話の中で、

ようやっと貴方の霧は晴れました。
扉が開いたということです。
恐れることなく自分の人生を切り開く努力をなさい

と言われた。

一体、なにが始まり、
新しい展開になるのかまだ分からないけれど
きっと別の人生の場面がはじまる、そんな気がする。
いや、願望なのか?笑

コノハナサクヤ姫
『ほーほっほ
 人の世は常に移り変わりじゃなあ
 人もまた自然の一部、変化は当たり前のことじゃ
 決してあらがえない力の元に
 人は謙虚になり、己の小ささを知る
 そして気がつけばよいのじゃなあ
 ほかのものと手を取り、これから何ができるかとな
 常に前を向いて歩めばの、ほほほ』

「ちょっと個人的に近頃、動揺してしまいましたが
 見守るだけ…しかできませんね。親のことは」

『その姿を見て、己自身で考えることもあるはずじゃ
 過去の諍いの多くは、その後の人生の中で
 己の中でふくらみ、固定化させてしまったものじゃ
 向き合えば、人はわかり合うこともできる
 感情を溶かす努力はそこから始まるものよの』

「感情をはっきり持ち、思考するのは地上では人間だけというのは
 よくよく考えてみれば、とても不思議なことですね…」

『ほほほ、そうじゃなあ
 元々不可思議な命題じゃ
 人の解ける部分だけを仮として繰り返すうちに事実となりよるもの
 従ってそれは本来の意味の事実ではないぞ
 そもそもの起源について、いくらでも知識は得られような
 今、人が生きる上で必要なのは
 そのような些細なことにこだわるより、
 己の本質を知り、己をどう生かすかじゃ
 どちらでも構わぬ…知りたいものがあってもよし
 知らぬものがあってもよしじゃ』

「私は起源には、あまり関心はないのですが
 やっぱり不自然には思うことがあります」

『しかしとて、それも好きずきよの
 人を拘束する法則があるならあるで認めてしまえばよいだけじゃ
 そこから先へ進むこともできような
 いかんせん、今の日本人はとくに無気力な者が多かろう…
 何もせずにおるだけのものの内には、びっしりと心に闇が巣くう
 嘆かわしいことじゃ
 あれこれと頭で考えるのもよかろうが
 今の日本人の現状を深く観察し、
 今、自分が何をしていくべきかそこから考え
 次の一歩を踏むことじゃな
 人は繰り返す生があるゆえ、ここまで来れたものじゃ
 己だけで終いではないぞ
 人に手を貸し、借りることも必要じゃな』

どこからか聞こえる音楽
よくドリーン系の天使本には、天使が現れるとき
とても良い香りがしたり、どこからか不思議な音楽が聞こえることがあると書いてある。
これはガチだと思う。

香りがしたことはすでにブログのどこかに書いたことがあるが
音楽が聞こえた時の話。


2007年の1月、私は二回目のヒプノセラピーを受けにいった。
その朝のことだ。

朝、最初の目覚ましを止めて
二つ目の目覚ましが鳴るまで、再び寝ようとした時

「おはよう」

と、とても涼しげで軽やかな女性の声が聞こえた。
あまりはっきり聞こえたので、つい返事をしそうになったぐらいだ。

このほかにも、まだ聞こえるものがあった。

半分寝ているような状態で、ふとんの中でぐだぐだしていると、
空中のどこだかわからない場所から
女性っぽい混声合唱のような音楽が聞こえていた。
感覚としては、ウィーン少年合唱団の声が一番似ている。
あれのもう少し女性寄りの声だった。

ちょっと聞こえていたとき、

「なんだろう…この音楽、どこから聞こえてる?」

と、起きあがったとき、ぷっつり聞こえなくなった。
耳栓をしていたので、はずしてみたが、
そんな音は、どこからも聞こえていなかった。


今、思うと珍しい経験だったと思う。
最近、あまり甘やかしてくれないので、そういうサービスがなく
ちょっと寂しい。

マリア メッセージ
愛しい我が子

地上に降りた光の子供たちの
恩寵に充ち満ちた輝きをご覧なさい
皆、本来の輝きを見つめることはできますか?

暗闇に心を閉ざし
今、光が見えなくとも
ご自分のうちにある光を意識なさい

あふれる愛は、光からいで
貴方の全身を満たすことでしょう

愛は貴方がたの生きる喜び
愛は貴方がたの生きるエナジー

どんな暮らしをしていても
どんな土地に住んでいても
等しく同じ存在であることを
貴方がたは忘れてしまいがちです

本来の自分がどこにいて
どんなに愛されて
この世に送り出されてきたか
思い出す良き機会にもなるでしょう

あなた方に祝福を

マリア
ちゃねりんぐ業を始めたばかりの頃、
依頼されたチャネリングでとても印象深いものがあった。

本当にそのクライアントさんの後ろには、聖母マリアが見えた。

守護天使チャネリングで引き受けたのだが、仕事として
マリア様からメッセージを受けたのはこの方が最初で最後だった。

よくあっちこっちで「貴方にはマリア様が~」とか
「貴方にはガブリエルが~」など、大量生産されているが
最近はリーディングを受けるほうも目が肥えてきたのか
頭から信じている人が少なくなった。

でも、その中のほんの何分の一かは、本当にいる。
たぶん…何百人に1人なんだろうけど。


マリアの伝言を受け取ったとき、
脳の芯から、痺れて、高揚とした暖かさに包まれて
知らないうちに、泣いていた。

私は愛と光でキラキラのスピリチュアルというのは
本気で苦手なのだが、まさか自分がここで泣くとは思ってなかった。
それに、キリスト教には興味すらない。

メッセージ自体は、ほかに比較すると短めだったのだが
とてもゆったりと長い長い時間をかけて聞こえていた。

まるで母の胎内のように、無条件で安心できる
ものすごいエネルギーだった。
強烈で今でも忘れられない。



チャネリングを続けていると
はじめのうちの感動が薄れてくることが多い。

私の知っているチャネラーさんでも
はじめて大天使と会話をしたときに、そのエネルギーに触れて
知らないうちに涙が出ていた、という人がいる。

だんだんと、最初の頃の記憶は遠くなり
繋がることが当たり前になってしまう。
そして、相手のエネルギーにも慣れ、眠くなることもなくなってくる。

……ときどき、初めて接した頃のことがとても懐かしく感じる。

コノハナサクヤ姫
『ほーっほほほ
 人は物好きとは申すが、たいがいはこうまで続くまいなあ。ほほ』

「チャネリングのことでしょうか…」

『そうよ、飽きた飽きたと申しながらも、毎度のごとく
 続ける気になっては、また悩みまたつづくと。
 まあ、それこそ飽きぬものじゃな
 辞めたとしても聞こえるものは聞こえおろうよ、ほほほ
 仕方あるまい、しからば怪しのものに惑わされぬよう
 せいぜいしかりと学んでおくほうが、まだ賢明じゃな、ほーっほほ』

「たしかにそうです。人は意思が弱いものですから
 やっとここまで…という感じです」

『いやいややっても、成果は上がらぬと申した通りじゃな
 腹をくくればよいものを、ほほ』

「今日は、どういったタイミングで神々とのコンタクトが切れてしまうのか
 伺えればと思います」

『まあ、様々よのう。大抵は神々が切るのじゃ
 うっとうしいほどに、己のことばかり聞かれてもかなわぬ
 己のことは己で考えるべきじゃ
 それはその者のためでもある
 あるいは、その人自身の奢り・誤った認識・思いこみの深さ
 あらかじめすり込まれた色眼鏡
 これらの要因によって我らの言葉は一つのものが百通りにもなろうな
 この伝言すら、ほかのものが聞けばまた変わろう
 ある程度の裁量を任せる部分はよい
 しかし、話の骨子が変わるほどのものはどうにもならぬ
 こちらとて我らの言葉をそのものの好きに使われ
 権利や地位を得るのに使われとうはない
 そんな人間の欲望のために使わせぬもの
 古来、全てを捨てて神に仕えるというのは
 それらの姿勢を問うたものじゃ
 何もかも捨てて身一つになるぐらいの覚悟があれば
 己のために使うこともなかろうな』

「今は、普通に受信している人間が増えているのでは…
 一人一人の精神性が上がってきたということですか?」

『ほほ、この時代じゃ、もう明らかに精神性も高くなろう
 底上げされている事実があるなあ
 もはや伝言をあらゆる媒体で人々に知らしめて
 意識を上げるなど、時代遅れかもしれぬわ
 すでに人間の知らぬ方法で、人自身の意思を持って確実に
 意識は上げられておる』

「そうなんですか…」

『ほほ、これもそれも全てこの先々の、この国や星がどうなってゆくのか
 見届けるには必要なことじゃ
 精神性の高さはやがて、この国や地域から悪い想念の溜まった部分を浄化し
 全てにおいてうまく力が回るようになる
 もともとあった仕組みがうまく回るようになれば、
 それにこしたことはなかろうな
 これらは神々や他の者らとも兼ね併せて知っておる仕組みである
 しかしながら、それが完全な成功を収めるかは、別の話よの…
 青写真と計画は用意されておるが
 人間の根源的な部分での総意はどう選択するかじゃ…』

「アセンションの話題は多々ありますが、
 現実問題として考えたことはありません…」

『さよう、世界を破滅させてどうするか、ということじゃ
 より建設的な使われ方をするべきじゃなあ
 こと精神世界では嘘も真も同等の重さを持って扱われる
 人の言葉に惑っておる者がおれば
 それらの者の言動で結果も変わろうなあ
 人の意思や思いをうまく使った結果じゃ
 人自身がその重さを知れば、自らが選択する情報の善し悪しにも
 より心を配るはずじゃ…
 一人の人間の思いの力を考えよ
 一人一人が責任を持つということじゃ』

⑦ステップを登れた日
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⑥赤い目、後日談
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