見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

ミカエル
親しき友
愛する者の笑顔
人を取り巻く数多の暖かさを、人は皆、本質的に知っている

知っているからこそ
時には喪失を悲しみ、
憂いを感じるだろう

でも、それでも人の心には愛がしっかりと刻まれている

生まれ落ちたその時、その場の人間は
貴女を笑顔でこの世界に迎えたように。

今よりももっと長く広く穏やかな眼差しで人生を見渡せば
そこには愛で支えられ
生かされてきた証がきっと見つかるだろう

人々が集い、笑いあう日こそ
自分という存在が愛によって支えられ
生きてきた証なのだと知る機会になるものだ

私たちはどこにでもいるよ

人が笑い合い、互いを尊敬し
支え合う時、きっと私たちを感じるだろう



ミカエル

ミカエル
あなた方の世界の中には、光も闇も全てが含まれる
どちらに心を傾けるのか

たとえ、聖人と呼ばれる人であろうと時に
闇の存在を感知し、心に印す
心に思うこと、それはすなわち心の中に闇を認め
その存在を顕すことになるだろう

多くの人が、光を求め
力とともに生きたいと願うとき
闇も等しくそこに存在するものだ

消えることなく、そこに在る

あり続けてなお、その人の中の光に意義を与え
生きる希望をも与えてゆく

共に在れ

ただし、心を傾けすぎてはいけない
どちらを向いて生きるか自由であるなら
迷わず天を見あげて、自分の中に息づく光の強さを思いなさい

誰にも宿る部分ならば
それとともに光もまた同時に存在するのだから

強い光も、濃い闇も皆
それはあなた方の魅力であり
人を人らしくする1つの要素に他ならない

全ての人が要素を抱え、要素で成り立つのならば
自分の中の暗闇と、他の人の暗闇を認め
あるべき姿なのだと思いなさい

自然であるがゆえの姿に、誰も心から悪感情を抱くことはない
ただそう在るのだと思いなさい

私たちはそんな両極の性質を持つ
あなた方そのものを愛し、見守ってる

それだけの力と価値が眠る貴重な存在なのだから
1人ひとりが貴重で尊いものだ

どんな人間に見えたとしても
その人を、その性質で判断せず
価値を低めてはならない

誰かが誰かを思うとき、そこには共通する要素もあれば
まったく似ていないところもあるだろう

違いがあってこその個性は
人を、人同士で選り分けるジャッジとなってはいけない

認めなさい
他の人のどんな部分でも、それが自然の姿であり
包み隠すことのない人間なのだと知りなさい

個性を認めてこそ、あなた方は自分も認められることを知り
より自然に生きられるだろう

自由とは何だろうか?

他の人の価値観に縛られず、自分の価値観の中で
のびのびと生きることではないか


ミカエル

カマエル
心の闇の深さを愛しなさい
人を人たらしめているものならば。

ありのままの自分を認め、慈しみなさい。
そして、なお大事にする心が育ったのなら
次に自分の良いところを伸ばしなさい

自分のネガティブな面を見るのではなく
良い面を伸ばしなさい

育つにつれ、様々な困難があったとしても
強い気持ちで乗り越えるでしょう

ポジティブな面に目をやり、注目しつづけ
伸ばすことを意識することで
ネガティブな面は影をひそめるだろう

心の奥底に宿る光の強さが増すにつれ
傲慢や、自身を卑下する心から遠ざかり
本来の意味で、その人自身に戻ってゆくのだから。

自分や人のネガティブな面に注目しつづけるのではない
どれだけポジティブな面を育くみ、成長してゆけるかなのだ

魂の多くは、人に認めてほしいと願う
自分自身の存在意義をほかのものへ委ねてはならない
貴方自身の目で、貴方自身を認めなさい
欠点も、良い点も、人はみな誰しも持ち合わせる

そんな人間を私たちは育くみ、愛しているのだから

昨日の対話の後で
カマエルが入れ替わりで、来ていました。
吉さんがお家に帰ったもので、同じ仕事を引き継ぐために
再び戻っているのです。


さて、なんでこのメッセ?と思いつつ
様々な疑問が湧くまま、尋ねてみました。

いろんなメディアで将来
人間の作られることになった理由もそのうち分かってくるだろうと。
それは好奇心から、見てみるもよし…
ただし、そのときの人間と今の人間は質がすでに違ってきていて
過去のことは気にする必要はないという話でした。

宇宙人、本当によく最近露出してきますし
話題も増えてきましたが、
そのうち否定するほうが難しくなるのではないでしょうかね…

ところで今、自分の中で最もホットなのは
ヴォイニッチ手稿。
これがなにかを暴く重要な手がかりになるような気がします。

カマエル
人の心に愛情が宿るとき
私たちにはその人間そのものが
優しい光で満ちているように見える

柔らかなその光は枯れることを知らず
周囲の人までを優しく包むだろう

光をエネルギーと呼びかえるならば
そのエネルギーは周囲を変えてゆく力を持つものだ
力や言葉ではなく、人の心を奥底から変えてゆくのは
その愛情だけだろう

母も父も子も、そして縁ある人々もみな
心に宿すことを知っている
たとえその関係がどうあろうと、心に宿った光が本物ならば
その愛は本物なのだよ

人の概念で考えるものが愛の実体ではない
愛はエネルギー、根源的で普遍的なエネルギーの源そのものだから。

その泉の在処を知ることは頭ではできない
心の中にある時、気がつくものだ。
そこにあるのだと。

泉を感じてごらん。
できなくても、そこに在るのだと想像してごらん
それはいつしか本当の泉に繋がるのだよ

人に与えても枯れることがないのは
真実の泉だけ
枯れてしまうのは、人が愛だと思い込んでいた
幻想の泉だ。

真実の泉は深く、我々と同じ源に繋がる
ゆえに枯れることを知らない。

人が変化を恐れるのは、
人が何者であったのか、知る事を根源的な部分で恐れているからだ。
どこから来ようと、どう人が作られようと
それは史実の物語でしかない。

あなた方は、今ここにいるのだ。我々とともに。
いつか真実が明らかになったとしても
それがあなた方を脅かすことはない。
それは近い時期に人類に訪れる可能性はある。

でも、人は変わってきたのだ
心の泉を持てるほどに人は成長した。

古い古い過去に縛られることはない。
本末転倒になってはいけないよ。
好奇心より、今の自分たちを信頼してほしい。
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