見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

妹の制服
昔話で恐縮なんですが、衣類の整理をしていて思い出しました。

妹が社会人となり、新人研修で地元を離れていたときのこと
私と母親で、クローゼットの整理をしていました。

なんせ、捨てられない女、もったいないと思えば何年でも物をとっておく妹は
しこたま不要品をしまい込んでいたので、
勝手ながら処分させてもらっていました。

プラケースにはいった大量の靴下なんかはゴムが伸びているものが半数
中学生ぐらいのときからのものなのに、捨てられないのでしょう…

サクサクと捨てて行くと奥から制服もでてきました。

中学、高校とかわいい制服の学校へ通っていた妹
私と妹は中学も高校も別だったので、かわいいなあと眺めてました。

すると母

「ねえ、この制服、ネットで変な趣味のおじさんに売ったら
 高く買ってくれるんじゃない?」

なんという親でしょう…

妹に処分を聞いてみると
「思い出の品なので捨てちゃダメ」だと。
おかげで代理で売らなくてすみましたが
母親がマジで言い出したのには、ちょっと子どもとしてビックリしましたよ…

こういう変な親を持つと子どもは、
やっぱり変になっていくか、よほどのしっかり者になるかだと思うのですが
妹はしっかり者になってくれたようです。

いかがわしい天上の話
私のこのいかがわしすぎるブログが、他人のもののように思えるときがありますが
ここまできたら何もためらいもなく、書いてしまおうと思い立ちました。

これは年単位で昔の話なので、もう時効でしょう。笑

 * * *

その頃、私は友人からある男性を紹介するというメールをもらっていました。

相手の男性も、紹介などで女性に会いはするものの
なかなか趣味を理解してもらえないようで…
そんときに、気にしなさそうな人間(私)に連絡をしてくれました。

OKはしつつも、果たして会うことになるのかな?という
微妙な予感がしました。

一ヶ月経過したときのこと。

ある晩、寝ようとするとラファリンが言いました。
「ちょっと用事があるから、ついてきてほしい」と。

上、のある場所で、入り組んだ通路を抜けると
会議室のような部屋がありました。

O字型のテーブルが中央にあり、テーブル最奥には二つの空席。
その空席の片方に座るようにと誘導されました。
右隣はまだ空席のまま。
私の隣にラファリン、サンダルの順番で座り
さらにその向こう側には、亡くなった先祖が古い順番に座っていました。
O字の左側に15~16人
反対側にも同じぐらい。
自分側と思われる列には、一度も生きて会ったことのない人ばかりでした。
母方のおばあさん(母が中学生のときに他界)に声を掛けられてビックリ

「右はまだ空席だけど、いいの?」と聞くと
「本人がまだ寝てない。仕事中だから仕方ないね」という返事。
本人が誰だか知りませんけど。

そして…とうとう始まりました。
相手側と思われる先祖の人
たぶん、近い先祖でおばあちゃんぐらいの女性が真っ先に
「…変わったお嫁さんだから…どうのこうの…」
すると、その隣も同調

ここで「吊るし上げるために呼ばれたんなら寝るわ」と帰りました。
マジです。

二日後の朝、ラファリンから
「会議がうまくいかなかったのでほかに道ができたよ」
と突然言われました…。



そして、さらにその三週間後
また友人から連絡がありました。

「相手の男性、彼女ができたから紹介の話はなかったことに!」

ええ、天上での妄想会議のときに縁が切れたと思ってました。

見えない世界の縁っていうのは、守護霊さんとか先祖とかが
かなりからんでいるという話を聞きますが
実際、こんなんですよ。笑

しかし、この話はまだまだ続くのです…
友人から電話があった翌日、突然、ほかの縁がふって湧いたのでした。

それはまた、気が向いたらにしましょう。

銀チョコ
幼稚園のとき、銀チョコというパンにはまってました。
今もまだ売っているなんて全然知らず、
スーパーで再会したときに即買いしました!

昔は表面にざらめのようなものがついていたパンも
ほかにあったような気がするのですが
なにぶん、遠い昔のことですからね。笑

銀チョコを食べていて思い出したのは
幼稚園でお弁当をひっくりかえした男の子のこと。

幼稚園ではお弁当を持参で給食ではなかったのですが
ある日、となりの席の男の子が弁当を落し
見事に全滅させてました。

子どもなので、静かに泣いてましたが
先生はお弁当の中身を収拾すると
その子を連れて、外の店へいったのです。
帰ってきたとき、その子の手には銀チョコが!

銀チョコを手に笑顔で戻ってきた男の子は
みんなに「いいな~」と言われてずっとニコニコしてました。笑

あのときから銀チョコはすごく特別なパンになっていて
自分でもよく買ってもらったのですね。


…まあつまらない話なんですが
子ども時代のことを思い出すと辛くてたまらないときには
そういう思い出はまったく出てこなかったのです。

それが…近頃では頻繁に思い出すのですね。

自分の子どものときの思い出は
今になっても、すごく温かな人生の彩りであったこと

おそらく子ども時代というのは、何の条件もなしに
無償でたくさんの愛情を注いでもらえる時代だったから
その頃の思い出は、今でも生き続けているんでしょう。

昔のことを思い出すと、貧乏だったからおもちゃなんてものはほとんどなくて
ぬいぐるみも、ひとつ買えば5年ぐらい大事にしてました。笑
それでも、なんであんなに楽しくて幸せだったんだろうと
不思議に思います。

自分の見方次第なんでしょうね
世の中が不思議に満ちていて、楽しいところであると信じていた時代の目線だから。

すっかりそういう目線には縁が遠くなってしまったと
銀チョコを食べながら、ふと思いました。

ファンタグレープの思い出
最近、ファンタグレープにまつわる変な事件を突然思い出しました。
私が小学生の時の話です。

 * * *

その頃、うちの両親は
車で15分ぐらいのところにある新興住宅地へ時折出かけていました。
なんの用事だったか分かりませんが、
その家のおばあちゃんと嫁さんの仲が悪く
知り合いであったおばあちゃんの状態が気になったのもありました。

ところがそのおばあちゃんが、ある日、奇妙なことを言い出したのです。

隣の家は、一回買い手がついて人が住んでいたものの転居し
その後にはいってきた人が怪しいのだと。
家族単位で、常に知らない人が出入りして
夜は誰もいない。

そして、ときに泣き叫ぶ娘さんを中に連行していったり
狂ったように動いている人を連れて入ったりと
本当に怪しいのだと。

事件性があるのなら警察へ言ったほうがいいのかしら…という相談。

ほっとけばいいのに、うちの親は
「じゃあ、見てくる」と言い、本当に出かけました。

私たちは車に移動して待つことにしながら、さりげなく様子を観察。

父はひとりで、ピンポンを押して玄関あたりで待っていると
そのうち、家の中へ入っていきました。
私がみたのはココまで。

そのあとは、しばらく待つとダッシュで父が出てきて

「早く、車を出せ」

運転手の母は速攻でエンジンをかけて発車。


事の顛末は、家に帰って聞きました。

なんでもピンポンを押しても応答がなかったので
試しにドアを開けると、開いていたとか。
馬鹿なので、そのまま玄関まで入ったそうです。
もう二十年前なので時効ということで。

すると、奥から女性が出てきて

「お約束の方ですか?」

「え?まあ、はい」

「おあがりください」

通された部屋は…

新興宗教の祭壇のある、もうなんというか凄い部屋の奥の控え室。
すでに祭壇をみちゃった父は

「連れ込まれるとか、知らない人ばかりが出入りするって
 この普通の家を新興宗教の祈祷所?にしてたわけか」

と、理解。

控え室で座って、どう逃げようか考えていると
さきほどの女性が、ファンタグレープを持ってきたそうです。

ほぼ一気飲みで片付ける父

「トイレをお借りできますか?」

予想通り、トイレは玄関の側にあったので
そのまま玄関から出て、ダッシュで逃げたそうです。

おかげで父は今でも、ファンタグレープを見ると
あの怪しい家を思い出しちゃうそうです…。笑

でも、なんでファンタグレープだったのかと。

金木犀
金木犀が、道のあちこちで香ってくる季節になりましたね。

このオレンジの花が地面を一面に染めるのもまた見事で
昔から好きな樹木でした。

実家にも植えてあります。

私と妹の部屋を増築したときに
窓のすぐ外に、母が植えてくれたのです。

部屋の中まで漂う香り
いつも穏やかな気持ちになったのを思い出します。

昔から自分と母親は仲がよくないと
自分で信じ込んでいたんでしょうね
どうしてそこに植えてくれたのか
気がついたのは、最近のことでした。

わざわざ背の高くなった木を買ってきて
高い窓からでも、香りが届くように。
自分でスコップで穴をほって、植えて。

その隣には紅葉が綺麗な紅葉。

季節ごとに楽しめるように、窓から見えるところに植えていたんでしょう
なにも言わなかったけれど、当たり前のように。

妹も、こんなおかあさんになってくれるのかな、と思います。

最近、ますます妹に似ていてうり二つと化した甥っ子を見ると
小さかったときの家族の様子をよく思い出します。

なんやかんやいって、幸せだったんですね。
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