見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

邇邇芸命
はっはっは…

人は知らず知らずして、その輪の中に
自らが思ったものを無意識に取り入れ
己の人生の一部とする

その一部は定めであるのか、それとも不確定な要素であったのか…

その不確定な部分が鍵だろう
定められたものは誰しも持つ
ただそれだけじゃ
味気もない

不確定な要素が思いもかけず、その生、全体を司ることすらある
その不確定な要素とは何か

そのときどきの己に見合った、全く知らぬ外からの要因もあれば
自ら引き入れるものもある

それら不確定な要素を見るだけで
その者の状態や心ざしがよう分かるものじゃ…

生まれついてのもの、定め、それ以外で
その人間が今、何をし、どんな努力をしているのか
何を好み、何を嫌うのか
それで人の中身もわかってくるだろう

人の生の中では、出会いも別れもある
しごく当然のことじゃな

その時その時で、相手が合う、合わないと感じるのは
しごく当然のことよ

で、あるならば、人の社会の枠の中では
生きられぬものもある
かようなものと在る生き方を受け入れよ

そこから限定されていない己だけの生き方が見つかるものよ…

はっはっは

よいではないか…人はこうした楽しみを持つ
瞬きのような間の生とはいえ、
楽しいと思って生きるか、何かが足りぬと思って生きるか
心が決めているものぞ…

はっはっは

邇邇芸命
はっはっは…

ようやっと自身の身を立て直し
新しい生き方をはじめようというとき

人は誰でも幾度かそのようなときを迎えるだろうが
古い過去の自分を引きずることなかれ

古い過去は古い価値観で縛られ
新しい今は、今の価値観がある。希望もある

新しい価値観を紐解いて、その中へ身を置き
そこから今の自身をはじめよ

古い自身の持っていた過去の思いは滅却し
全て、穢れなく新しいさらの状態ならば
新しい図が描ける
どんどんと開けてゆくものじゃ

せっかくの新しい地に、古いものを持ち込みいつまでもしがみつくなら、
古い古い掛け軸をいつまでもながめているようなものよ
現世には現れず、ただただ空想してるだけのこと

古きはいったんさらにし、ことさら今後
何を取り入れたいのかそれだけに心を注ぐこと
過去は過去、今は今よ

その思い切りのよさこそが必ず
この先の現世を変えてゆく
どこまで人の心を完全に入れ替え、感情という衣を脱ぎ捨てるのか
それが守られれば実は現世の仕組みがはっきりとわかるだろう

こと、現世の仕組みを知りたいと願い
その志を持って生まれた人間ならば
このような時こそ、現世を体で知る手がかりとなる

知るは頭だけでなく経験してみることで
永い間、転生を繰り返してもなお
行き着くことのなかった真実へ誘うだろう

まことに価値ある経験は、現世からこの摂理を学び知ることになるのだ

全てはそのために起こる事象にほかならぬ

喜びも悲しみも苦しみも全てよ

その経験のために選んだ事象は摂理を学んだ者にとっては
選択することすらできるようになる

設定された学びの予定を書き換え
己自身の摂理の追求のために知ることを選ぶということだ

誰にでも起こりうることではない

近しいところにたどり着いたのであるなら
経験から全てを学べ
その学んだ摂理こそ
また次の摂理を知る手がかりとなり
人はようやっと大いなる意志に気がつくだろう…

はっはっは

タケミカヅチノカミ
振り返ることなく、前を見つめている時
前に路ができる

思いや思考を前へ前へと重ねることで、
その路は前方に築かれてゆく

思いや路をひらくのは、現世にあっては同じ(同時)ではない
思いのつけた路はやがてゆっくりと現実となる

だからこそ、自身の未来や先々について熟考し
その思いによって路を得てゆく時間がある

思い即現実では、現世の者には何の役にもならぬ
人ならば失敗もする
間違いもある
その考えを見直し、見直して、未来を見据えるために
思いがつけた路筋が現実となるまで
時を必要とする

その時があるからこそ、人は成長するものだ

思うようにならぬ、ならぬと考え
思うようにならない未来を道筋づけているのは
自分だったのだと気がつけば早かろう

真実は経験から得た己の中の確信にある

自身の中に蓄えたものこそ、価値がある
他の誰かに惑わされることはないものぞ

タケミカヅチノカミ(たぶん)
自身の心の平安の目で世を見れば
同じはずの場所も、同じはずの物事も全く異なって見えよう

鮮やかで優しく、人々の魂に光が灯り
悪しき物事を起こす者らですら、かくある成長の途上であると
認めることができる

全てを穏やかな眼で見渡し、己の内にある平安と
他の事象を融合させ、世を認識してゆく…

世が穏やかな光の内にあると、
繰り返し認識すればするほどに、確実にそのような機会に恵まれてゆく

よりたくさんの機会を持って確信してゆくだろう

ただし、真逆も起こる

この世をいまいましく、悪意に満ちていると確信し
そのように見ておっては
ますますそのような部分にのみ、己の生活を送ることとなる

心の内が現実を変えるのは、
心の目がどう世界を取れてゆくかということになる

此度の新しい環境を手中にして(※私個人のことのようです)
心の内がすっかりと穏やかになったのではないか
ならば、世もまた違って見えるものだ

さあ、とくと見てみるがよい…

ヤマトタケルノミコト
人の人生には当然、転機もある

人の心ひとつで良いも悪いも感じるものだ
だがその転機は必ず人の生きる道に
大きな力を与え、適切な方向へと導く

良し悪しを決めるのは人の心と申した通り
実際に訪れる転機には両方の側面が必ずある

なぜ、起こったのか…と考えずともよい
それはなるべくしてなったものよ

人がなぜ生まれ、なぜ死ぬのかと等しい問いぞ
その問いは生きているぬしらにとり、何の意味があろう

生まれるも、生きる道の中で新しい機会を得るも
その人生を終えようと、ただひとつ…

その真実残るはただひとつ、生きることをした経験のみとなる

転機を生かせ
その転機には必ず大きな学びがあり
今後生きるための糧があるもの…
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