見えない世界の不思議についてひたすら綴ります

月読命
在りし時の思い
時々の経験とともに刻まれた思いは、心の中にいつでも蘇る

その思いをどう使うのか

人を愛し、生かし、己のために使うのならば礎ともなり
人を軽下するために使うなら、その者は孤独でしかいられぬ

人は皆、不完全であるがゆえに、この世界も多様を成し
多くの展開が生まれてくる

いかなる経験にも無駄はなく
あるのはその経験をどう心に蘇らせ使うかよ

心に蘇らせし思いがどんな種類のものであるか
自身だけは知っておろう

心の中に驕りなくば人への感謝が生まれ
その感謝は温かい思い出を蘇らせる

これまでにあれがあった、こうであったと
ついつい口にするものは
己でそれを選んで蘇らせているに過ぎない
己で選び、感謝の下に温かい人の思いを呼び起こすとよい

人は孤独ではない
孤独と思うとき、
必ず誰かの温かい気持ちに、気付いておらぬだけじゃ

月読命
全ては何のためにあるのか?

人は思考できる生き物であるがゆrに
その性を持って、今生での学びに生かそうとするのだ
思考を失ってはならぬ

悲しみや苦しいふちにあるとき
人は目の前から逃げようと、思考を止めるべく
あらゆる術へと逃げる

今や嗜好品だけではなく
世にある多くの享楽も然り
遊戯(ゲーム)にのめりこむ若者も然り
空想にのめり込みものも然り

現実を直視することを恐れて、ほかのことで心を埋めようとする試みは
その時々において、一時の効果はあるやもしれぬが
いつまでもそうしておられるものではない

現実を見、己の頭で思考していかねばならぬのだ

思考から可能性が生まれ、可能性はほかの者の可能性をも広げる
広がる水紋と同じくして小さな揺れは社会に影響を与えてゆく

思考を止めることは獣に同じ
人は人らしくあるべきぞ
思考こそ人に与えられたもっとも有益な条件である
これを事実とし、そこからその理を考えればわかる

思考を止めんがための、無益な行いは
「無益」と気づくことで
多くの問題は解決されるものだ

月読命
月の夜、日の朝ともに何を示すのか

日の移り変わりが一日一日を教えるように
人の一生も区切りとなる出来事が
重なり重なりあって節目を作る

次の世代、次の世代へと受け継がれてきた人の一生は
その脈の中に大切なことだけを教え残して行く

一生をかけて、己の中に得た信念、
それを人は残そうと試みる

大切なことはそう多くはない
まして人が大切であると思った信念は
その人の人生に依拠し、必ずしも正しいか誰にもわからぬ
だがそれでも人は残す

人が最後の時、残した思いこそ救いとるべき最後の真実やもしれぬ
何ら感情に囚われず、ただ静かに思いを伝えたのならば
悔いもなかろうて
しかし、伝えきれなかった時、自らの真実を残したいと願うだろう

聞き届けよ
その最後の声ならば

生きている間に何があったのか問わず
最後の言葉は聞き届け、そのものの終わりの扉を閉めてやるものよ

そうやって尚、人の暮らしは続くものだ

人が残した貴重な経験は、その平凡な中にこそ価値がある
非凡な一生の中にではない

心を整理し、誰しも再び生き直す
そのために互いに胸襟を開くこと

わかりあうことを諦めないことだ

月読命
いよいよと人の心が知れるとき
現世に明らかとならずとも、知らず知らずに
己の手で環境を生み出すもの

環境、人の生の流れが変わるとき
人は知らずともその準備を始めている
あとになれば驚くのも無理はない
知らぬことだったからよ

人がなぜ、時にこのような不可思議な行いを取れるのか
取ってしまうのかを考えるにつれ
己一人の意思だけではないと分かるはず

人一人が生きていると思ったところで、それだけのものであろうか
数多の存在は人と同じように肉の衣を持つとは限らぬ
多くの、多くの存在のたった一部が人である、というだけのことよ
してみれば、人こそが主役の現世から目を離し
他の者の存在を心に招き入れるきっかけともなろう

人が不可思議な経験を重ねるたびに
人だけにあらずと思い出すはず

他の存在あって、人がある
成り立ちを知れば人として生きる上で、本当に知らねばならぬこと
行わねばならぬことが何であるのか
自然に分かるものなり

月読命
心が穏やかであるとき、その心に映すは人の生き様
生き様は定めることもできるが
ときに定まっている流れから抜け出ることができぬと
窒息しそうな思いで生きているものもあろう

それらの魂はみな、その定めに従いつつも
そこからより大きな世界を掴み取ろうと望む

運命に挑むのではなく
従うのでもなく
捻じ曲げるのでもなく、飛躍なのだろう

その有様を想像してみれば、定めに振り回されることもなくば
まして定めという言葉で己自身の努力や、生を放棄する生き方など
ありえないことだったのだとわかる

人は理解できぬものに畏怖を感じ、己をより小さく感じる
だがそれでも己の内にある真実
真実があることを否定するものはない

ただちにその内の光を認める者
認められずにいる者も、その差は無きに等しい
認めるもなにもない
知っているからだ

定めとして考えのあるものをよく咀嚼し
全体を解き明かすことで
何をいう小さなことにつまづいていたのか、と気づくこともあろうな

長い目で自分を育てるとき、毎日毎日が春であるわけがないということだ

自身に愛情を向けるのか、刃を向けるのか
人は極端だ
その極端さ、激しさ、苦悩も
人らしく人を成り立たせる
いつかそんな人の姿すら、なつかしく思う時が
あるやもしれぬぞ
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